大賞 高殿円『忘らるる物語』
〈KADOKAWA〉
受賞の言葉
このたびは、栄えある賞をいただきありがとうございます。
『忘らるる物語』の執筆のきっかけは、たしかアシッドアタックの資料を読んでいたときでした。このような悲惨な報復と卑劣な支配の構造がどのようにして長らく継続されてきたのか、ただ怒るだけではなく、冷静に分析する必要があると思いました。
考えれば考えるほど産む性のデメリットは大きく、どのようなファンタジー設定を盛り込めば性差を少なくすることができるのか何日も悩みました。
思考の旅は、主人公の姫の旅そのものでした。さまざまな支配のかたちに触れ、それに取り込まれずに自分は自分だと旅を続ける意思を持たせることが難しく、私たちがぶつかる壁の高さを改めて思い知りました。
それでも長らく分析を続けると、これは単なる性差の問題ではないことに気付きます。征服され絶滅政策をとられる民族や、組織の中で長らく順番を待たされることでしか評価されない若い男性や、そもそも性差があいまいな人々の社会的ポジション、幼いまま働かされる子供たち……。長年練りに練られて強固なまでにしあがったこの支配の構造をいったいどうすればぶち破れるのか、物語の中だけでもこれほど難しく感じたことはありませんでした。
この本を読み、私といっしょに旅をしてくださったすべての人々に感謝します。
高殿円