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2023年度 第23回Sense of Gender賞講評

福島一実(ジェンダーSF研究会会員、会社員)

2023年度SOG賞書評

映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』古賀豪監督作品

昭和から令和にかけての数十年の間マンガやTV、アニメ、ゲーム、舞台等の様々な分野での制作を続けて来た『ゲゲゲの鬼太郎』という作品からまた新たな傑作が生まれた。

水木しげる先生の生誕百年記念として製作されたこの『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』という映画が過去の幾つかの作品の冒頭場面での《若い男が見掛けた怪しい人魂を追って迷い込んだ近隣の廃屋の中で包帯だらけの不気味な大男と顔半分が崩れた女という異様な夫婦を発見して恐怖で逃げ出すが、何故か後日その廃屋に舞い戻り死亡していた見ず知らず女を埋葬した挙句、その墓から生まれた縁もゆかりも無い赤ん坊を独身で育てる》というどう考えても不可解極まりない一連の行動の理由を解明してくれた。

後に左目だけの存在「目玉おやじ」となる幽霊族の大男と墓から這い出て来た赤ん坊を育てる「水木」というサラリーマン、何もかもが異なるこの二人の出会いから互いを無二の存在となすまでを描いたこの作品では鬼太郎本人は冒頭と終盤に顔を出す程度で主人公はあくまで知られざる若き日の父達。

終戦から既に10年が経過した昭和31年の帝都、南方の壊滅的な前線より辛うじて生き延びて復員した水木は未だに夜毎の戦場の悪夢に魘されている、現代ならばPTSDと診断される様な状態でありながら二度と蹂躙されない地位に這い上がるために帝国血液銀行で猛烈サラリーマンとして働き出世の機会を虎視眈々と狙っていたが、その足掛かりとなりそうな龍賀製薬の企業秘密を探るため、戦後政財界の黒幕と呼ばれた創始者の龍賀時貞翁の葬儀が取り行われる一族の故郷の僻村へ向かう任務を奪取した。

小学生の頃に父から聞かされた話で祖父の知人に第二次世界大戦出兵から戻り普段は何事もなく日常生活を送っているが酩酊すると戦地での突撃時の掛け声を叫びながら走り出してしまう人が居たそうで、その頃はまだ繁華街の片隅や駅前等で物乞いをする四肢を欠損した傷痍軍人の方達の姿も良く見かけましたし、この国が他国を侵略するために戦争を起こして沢山の国民の人生が捻じ曲がったのだなと子供ながらに憂えた記憶があります。

後に「目玉おやじ」となる幽霊族の男は戦火の中で失踪した同族の妻を探すため全国を放浪していて、妖怪仲間から妻の情報があった僻村に向かう夜行列車の中で水木と出会う。

そこで通常なら人間を忌避している幽霊族の男が敢えて自分から水木に話しかけて目的地での危険を伝えた理由は何故か? 背後に憑いている戦友達の亡霊を不憫に思って憑代の水木に忠告したのだろうか? しかし不気味な存在から唐突に不吉な予言を投げつけられ苛立って罵声を返すという初対面ではお互いの第一印象は最悪だったろうと察せられる。

それでも僻村での再会した男の危機を見過ごせなかった水木が身柄を保護してから、会話する度に相手に対しての警戒心が薄れ嫌悪感が解けて、お互いの目的のために村内の探索を共にする間に徐々にお互いへの信頼が築かれる、名前を持たない幽霊族を呼称が無いのは不便だからと、ほんの軽い思い付きで水木は「ゲゲ郎」と男を呼び始める、命名という行為には文字通り命を与えるに等しい意味があるのだと知る由もなかったから。

龍賀家で横溝正史ばりの血生臭い殺人事件が続く中、ゲゲ郎と水木は妻の行方不明と製薬の秘密が共に一族支配下の村全体での醜悪な所業に因るものという事実を探り当てるが、その首魁である時貞翁は生前に幽霊族のみならず実の息子や娘を自らの所有物として徹底的に搾取した犠牲の上にこの国の影の支配者として君臨し、死後にすらも孫の魂を追い出してその幼い身体を乗っ取り、この世に覇者として存続し続けようと画策するどんな妖怪よりもおぞましい存在だという事実が露わになっていく。

村の禁域である時貞翁の本拠地に殴り込んだ二人に夥しい犠牲者達が変化した怨霊の群れや桜の妖樹が襲い掛かり、捕らわれた妻を救うため必死で戦うゲゲ郎を水木は禁域の瘴気によって心身を蝕まれながら力を振り絞って援護を続けた。

その胆力に驚嘆した時貞翁から渇望していた強者の地位を目前に差し出されるが、水木はその申し出を一蹴しゲゲ郎と共に他者を救う道を選択し断罪の斧を振り下ろした。

翁の術の終焉で禁域が崩壊、その場に封印されていた無数の怨霊達が解き放たれ見境の無い殺戮が拡がり始める、この世界の崩壊目前の土壇場でゲゲ郎は嫌悪していた筈の人間である水木に最愛の妻の身柄を託し、産まれて来る子供と水木の生きる世界を守るためにと自らの身を挺して無数の怨霊達を鎮める。

逃避行の守護として着用させられた幽霊族先祖達の霊毛製ちゃんちゃんこ(黄色と黒の縞模様なのは黄色は御先祖様達の理性の色で黒い部分は狂骨となった感情の色なのだと思います)を身重のゲゲ郎の妻に譲ったためか、襲ってくる狂骨を避けながら安全な場所まで辿り着いて力尽き昏倒した水木が救助された時は満身創痍の上に白髪になっていて村での数日間の記憶は全て失われていた。

辛うじて生き延び妻を連れて村から逃げ延びたゲゲ郎は、凄まじい数の怨霊の祟りで腐り崩れた全身を包帯で覆ったミイラ男になり、美しかった妻も積年の辛苦で顔面が爛れ酷く衰弱していた、二人は廃寺に隠れ住み子供が生まれるのをひっそりと待ち焦がれて暮らしていたが、いよいよ共に重篤な状態になった時(多分ゲゲ郎の)人魂に引き寄せられて訪れた水木との再会を果たすが、それが謎の冒頭の状況に繋がる。

一人の最低な利己主義者が周囲の全ての人々を不幸に巻き込んだ挙句、この世界までもを壊しそうになった瀬戸際、自らの命を顧みずそれを阻止した二人の男達が居た。

不思議な縁で出逢い、たった数日でお互いの全てを変貌させてしまった二人の間に生まれた信頼という名の絆が世界を滅亡から救っただけでなく、人と妖怪との架け橋となる『ゲゲゲの鬼太郎』という存在を誕生させた奇跡の軌跡を描いた物語でした。

高野史緒『グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船』〈ハヤカワ文庫JA〉

コンピューターが業務用途だけでなく個人が私的に使用する機器として拡散されていく所謂P・Cの黎明期の時代に年若い自分が居合わせたのはかなりな行幸だったと思う。

その時期を迎えるのには人類が道具を使用して情報の処理を始めてからそれなりに時間が掛かったと思うが、そこから先の情報の伝達や共有や拡散等の進捗の速度はほぼ直角に近い急カーブを描いた。

自分と他者とを繋げるネット世界は現実の世界での距離をほぼ消し去り、実体を伴わない画面越しの付き合いは年齢や社会的地位、人種や性別迄を無視した別存在として様々な人々と交際を楽しむことを可能にした。

おずおずと電脳世界の入口に立ち躊躇いながら新しく広大な世界への扉を開いた十代の自分を記憶している者達にとってこの小説は丸ごとのノスタルジーだ。

地方都市に住む女子高校生の夏紀は子供の頃に1929年にその地に飛来した飛行船「グラーフ・ツェッペリン号」を誰かと共に視たという記憶を持っていた、不可思議なその記憶の由来を探るうちに並行世界の存在に触れ、その世界宛にEメールを送信すると夏紀と一緒に飛行船を視た記憶を持った登志夫からの返信が届く。

それぞれの世界の飛行船の存在の結末に相違がある事を知り驚愕するが、その他にも量子力学の研究や宇宙開発の進展、国家の世界的地位、電脳世界の拡散等で二つの世界には相違があり、その境界を超えて二人が接触をした事象が二つの世界の存在に揺らぎを与えて始める。

やがて夏紀と登志夫は世界そのものを乗り越えて夏紀の生きる方の現実世界で繋がるが、それはボーイミーツガールではなく向かい合わせのもう一人の自分との出逢いだった(尚、ここで登志夫が女性の生理や身体についての知識を夏紀から得るのだが、テイーン・エイジャーのうちに勘違いを正す機会を持てたことは、彼のその後の人生でとても有益だっただろう)

そして二人が繋がったため隣り合う二つの世界のお互いに対する干渉が強くなり過ぎて双方共に消滅してしまう危機を迎えるが、夏紀のある決断によりその危機は回避される。

今までずっと自分を犠牲にして愛する者のために世界を救うのはいつだって少年のヒーローの役目だったけれど、この物語では少女が自分を犠牲にして少年を救うのだ、ヒロインという言葉の定義を変えてしまう程の凄さだと思う。

出会ったのは自分以上に大切な存在だったから、たとえ自分と世界を引き換えにしても相手に生きていて欲しいと願う、そんな一途な思いはもしかしたら人生のほんの初期にしか抱けないのかもしれない、けれどその後の長い時間ずっとそれを憶えていることは出来るし、生き続けるための心の支えになってくれるだろう。

読了後、青春とか初恋とか永遠なんて面映ゆい言葉を呟きそうになりました。

斜線堂有紀『本の背骨が最後に残る』〈光文社〉

奇想の作家という名称が相応しい斜線堂有紀のダーク・ファンタジー短編集、既存の作品の『楽園とは探偵の不在なり』『恋に至る病』『回樹』等と同様の濃密な死の雰囲気が漂い加虐者と被虐者が入り乱れ渇望と絶望が充満する世界感を、初回が異形コレクションで発表された作品を集めたこの短編集でも存分に堪能させていただきました。

「本の背骨が最後に残る」

表題作を読み連想したのは「伝言ゲーム」でした、遊びなら複数が伝えた文章の最初と最後で内容が全く違ってしまっていても参加者の間でどのように文章が変貌していったのかを顧みて皆で笑えるけれど、それが仕事上での重要な報告や連絡だったら?全く笑えない上にその間違いの伝達に関係した人達には叱責と懲罰が下されるでしょう。

“行間を読む”は良く云われる読書の際の心得ですが、もしも行本体が無くなったら行間は無限に広がってその内容も元の跡形もなくメタモルフォーゼするでしょう、記録としての確たる文章が無ければその内容は伝承するごとに変わってしまうのは想像に難く無い、悪意のある者は内容を改竄出来るし、それが巧みなら百八十度転換する事すら可能となります。 

本が紙ではなく人の形をしていてその口が語る本の内容に誤りがあれば焚書に処される国がありました、そこでは同題の二冊の本がどちらの内容が正しいかを闘い負けた方が炎に焼かれるという娯楽があり「版重ね」と呼ばれていました、常ならば一冊の本は1話の物語しか持てない筈ですが異例として10の物語をその身に抱えた本があり、「十」と呼ばれているその本は様々な同題の本を「版重ね」で焼き続けていた、他国からの旅人が見た「十」と「白往き姫」との「版重ね」の熾烈な闘いの結果は酷いものとなりましたが、果たして本当に正しい物語を語る本はどちらだったのでしょうか? 

「死して屍知る者無し」

生まれてからずっと疑いなく信じていた転生の教義、それが虚構であることを示された少女は真実を拒否し幼馴染の少年を見殺しにする、拒否した筈の真実は少女を苛み続け、やがて死の間際に真実を受け入れ絶望の中で沈んでいく、現実があまりにも残酷なら虚構の安らぎの中に居た方が正しかったのかもしれない、死という事象に救いは無いのだと突き付けられた気分になります。

「ドッペルイェーガー」

現実世界で優しい人間がVR世界内で夜毎に自分の分身の幼い少女を狩らなければ心の均衡を保てないのは精神的に異常な人間なのか、それともあくまで正常な娯楽の範疇なのかを問われますが、自分には答えは出せませんでした。

「痛妃婚姻譚」

夜毎に開催される宴の席で絢爛たる装いと優美な舞踏を披露している「痛妃」と呼ばれる者達とは、地位も財産のある男性達が病に侵された際の治療時の痛みを「蜘蛛の糸」という機械を通して肩代わりを務めながらそれを犠牲と思わせない振る舞いを強制された若き美女達だ、その中でも当代随一と評判の「柘榴」とその従者の「孔雀」彼らは連続百日間の宴での首位を保てば勤めから解放されるという権利を得るため奮闘していた、元々は貧しい地方出身の幼馴染みだった二人は新たな人生を得るという目的のために全てを賭けていた。

望みは達成寸前だったが、百夜目の宴で嫉妬した二番手の痛妃に凄惨な罠を仕掛けられ、それに嵌まり破滅する「柘榴」の最期はあまりに悲惨でした。

男性は出産の痛みには耐えられない(分娩の痛みを疑似体験するという実験があるらしいです)だから女性の方が男性より痛みに強いという一般論がありますが、それはあくまでも男性にとって妊娠と出産が文字通り他人事だからではないでしょうか? もしも男性も妊娠・出産するという事態になったら、男性だって死なないためには頑張って痛みに耐え得るのではないかと考えています、その上、全ての出産に対して無痛分娩が速やかに適用になる事でしょう。

「金魚姫の物語」

ある不可解な現象によって身体が崩れていく女性の変化の経過を写真で撮り続ける男子高校生の視線で進んでいく話ですが、最後の一枚の写真を彼の願望と受け取るかそれとも欺瞞と受け取るかで読了間は随分と違ったものになると思います。

「デウス・エクス・セラピー」

19世紀の医師から患者に対して行われた様々な治療方法は現代の視点からだと信じられない程に野蛮で残虐な療法があります、アヘン・チンキや瀉血、電気ショックや冷水漬け、挙句の果てには前頭葉切除するロボトミーなんて廃人を作成するための手術です。

そして邪悪な精神科医とその被害者候補の女性患者と彼女を救おうとする青年医師による歴史的ミステリーだと思って読んでいたら…最後に何故だかジャンルが変更していたのに驚きました。

「本は背骨が最初に形成る」

「本の背骨が最後に残る」の前日単に当たる話です、背骨のある本が出来る理由とは? 人が人で無くなるという事は果たして快いのか不快なのか?答えは各々の本の中に。

竹内佐千子『bye-byeアタシのお兄ちゃん』〈講談社 ワイドKC〉

「七人御前」というフォークロアがあります、恨みを残して殺された七人の怨霊が新たな犠牲者を探し標的にした者を首尾よく殺すと集団の仲間に引き入れる、新入りの替りに一人が抜けるので常に七人の集団がこの世を彷徨っているという怪異譚で『bye-byeアタシのお兄ちゃん』の登場人物達は裏返しの七人御前だと思いました。

化物に殺された挙句に異形の存在に変身して人を殺さなければならないなんて恐怖でしかないけれど、可愛いメイド店長からのおまじないで美少女メイドに変身するなら人生に疲れた孤独で冴えない男性でなくとも大歓迎だと思うのではないでしょうか。

都内某所にあるコンセプト・カフェ「いもうと喫茶」は死期が近い運命の人間だけが客として入店が可能、その客達の中でもどうしようもなく切羽詰まった事情を抱えた者だけが店長からのおまじないで破滅の運命から引き剥がされ可愛いメイドに転身する、その代わりに働いていたメイドの中から立候補した一人が逝ってカフェから抜けるのでお店のメイド達は常に七人稼働というシステムになっているらしい。

メイド達は店内で集団生活をしながら献身的な接客で弱者男性達を日々癒しています、メイドに転身する前身は定年退職後に熟年離婚した者、戦争で青春を奪われた老人、妻の老両親の介護に疲れ切った中年男性、殺人犯の父親、アイドルのストーカー、主人を殺された犬や事故死した男の所有していたビスク・ドールまでとバラエティに富んでいます。

冥土とは現世ではない地獄でも極楽でもない、キリスト教的になら死後に生前の罪を濯ぐ煉獄という場所が近いかもしれません、もしかしたら同僚に片思いしていた店長となった男性のインナーワールドなのかもしれない、とにかくこの世界と紙一重の場所にあって我々はそれを見ていても視えてはいない、そんな場所でメイドとなって第二の生を生きている転身者たちはとても充足しているように見える。

現実の所謂弱者男性は何故か異性に対して自分のメンテナンスを要求します、話を聞いて欲しい、慰めて欲しい、褒めて欲しい、恋人になって欲しい、性的欲求に応えて欲しい、結婚して衣食住の面倒を担当して欲しい、自分の子孫を産んで欲しい、等々の強烈なアピールを隙あらば異性に投げつけ、それを相手の意思によって拒否されると不満だと怒るのはあまりにも自己中心的なのではと辟易していましたが、だからこそこの作品の中の男性達が異性に対して癒しと救済を求めず、転身したメイドとしての責務として自分自身と同胞達を癒し救済するこの話は稀有で貴重だと思いました。

この作者は『赤ちゃん本部長』という地位のある中年男性が極端な年齢退行によって自分自身の認識を変化させざるを得なくなり、それに伴い周囲の人々も意識や行動をも改革されるという作品も発表されていて、どうしたら人が幸福に生きていけるかという事をテーマにされていると思いましたのでこれから発表される作品にも大いに期待をしています。

高殿円『忘らるる物語』〈KADOKAWA〉

この物語は色々な読み方が可能だと思います、卜占により選ばれた妃が滅亡した文明の残滓の上に築かれた四つの国々を巡るファンタジーとしてでも、知性を持った異なる生物と女性との身体的な共生というSFとしてでも、権謀術策が渦巻く宮廷と宗教の権力闘争の物語としてでも、様々な読み方を許していますが、どのように読んでも物語の底を通奏低音のように女性として生きる事への怒りが途切れることなく轟いているのを感じます。

夫を始めとする一族郎党を全て滅ぼされた挙句に産んだばかりの幼子を人質とされ、皇帝の後継者を孕むため四つの国の君主の許を訪れる旅を強要された、鹿を守護神とする国の女王であった環璃は旅の最初に暴漢を跡形もなく消してしまう女チユギと出会う、自分もチユギの同朋の女達と同じように男が決して犯すことの出来ない存在になりたいと渇望し、彼女達の住まう果ての国の拡大に協力する約束して強いられた旅に戻ります。

皇帝の傀儡として自我を殺して我が子の生存のためだけに旅を続け、見ず知らずの王達に自らを投げ与えて、必死で子種を蒔く男を見下しながら、自分を避ける男の真意を冷静に図りながら、民の幸福を望む男の欺瞞を見抜きながら、力のみで支配する男の愚かさを嘆きながら、還瑠は賢く強くなっていきます。

家父長制度とは女が産み育て男が支配し統治する世界、性暴力と虐待と侮辱と支配の世界を壊すためには女が男より強くならなければならない、性別による圧倒的な腕力の不均衡を崩すためにはどのような手段があるのか、もしも女が男よりも強い武器を肉体に備えていたら男の女への扱いはどう変わるのか?

物語の終盤で環璃が知識を貪るように取り込むのはそんな内なる疑問の答えを探していたのではないだろうか、しかし最後までそれは見つからず、環璃が処刑される寸前に助けに来て皇帝の軍に殺されたチユギの力を受け継ぎ、その場にいた支配層の男達を皆殺しにして現政権を崩壊させるくらいしか出来ず、その後の世界も大して変わりはしなかったけれど…。

それでも社会構造の進捗に伴い遅々とした速度ではあっても人々の意識は変化していくので、内なる異生物と共存して長生となった環璃はそれをずっと見守り続けていくのだろうと思わせる最後に救いのある物語でした。

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