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2020年度 第20回Sense of Gender賞講評

難波美和子(文学研究者、ジェンダーSF研究会会員)

白井カイウ/出水ぽすか『約束のネバーランド』

緊密に構築され、いやおうなく進行するストーリーに引き付けられました。そしてそのストーリーを造形する素晴らしい作画も魅力的です。目をそむけたくなるようなグロテスクとコミカルな表現のバランスも一気読みの推進力です。伏線探しも楽しかったですし、説明されないことも想像力を刺激してくれます。ステレオタイプな「母」と不在の「父」の下で育つ子供たちは家庭の機能不全を浮き彫りにしているように思えます。エマ、ノーマン、レイという3人のメインキャラクターの年齢設定と性格のバランスが絶妙です。「人間の世界」と彼らのその後には悲観的になってしまいそうですが、努めて明るい未来を想像したいものです。

松田青子『持続可能な魂の利用』

「おじさん」に少女が見えなくなる。少女が自己を消費するものの視線を気にしなくてもいい、なんて気楽なんだろうという気分はよくわかります。ちょっとした気遣いを要求される日常に気づかれし、疲弊していく、ということへの怒りも。(気遣いはしないことにしています。)息苦しさのストレートな表現は共感でき、なんとなくもやもやしていた人には「言語化」による「ああ、そうだ。私はだからつらいのだ」という認識を与えてくれそうな気がします。でも、「女」が怒っていることに理不尽な攻撃性しかみない人びとには、これだけはっきり書かれてもわからないんだろうなあ、と思ったり。いやいや、ぜひ読んでください、おじさん。

藤野可織『ピエタとトランジ〈完全版〉』

推理小説は基本、殺人事件とその解決が花形ですから、シリーズものの探偵の周りではやたらと人が死ぬことになります。(その不自然さを解決するために刑事を主人公にするのでしょう。)自分は何もしていないのに、まわりでやたらと人が死ぬ、というのは、本人にとってはとんでもない状況です。ひきこもるか逃げ出すしかないように思えます。とはいえ、勝手に世界が崩壊していくのを、トランジのせいにしているのかもしれません。推理小説の相棒もののパロディで、謎解きよりも事態のとんでもなさに乗ってリズミカルに話が進み、とんでもない方向にエスカレートするのは痛快というか、あきれるというか。語り手が一向に信用できないのも、信頼すべき証言者「ワトスン」の逆転とみなせそうです。

小野美由紀『ピュア』

収録のどの作品も優れている短編集ですが、やはり表題作がもっとも重要でしょう。「男を食わないと妊娠しない女」というイメージはショッキングであると同時に、男性の神話的な願望の表れであるようにも見えます。巧緻に作られたこの世界を長編で縦横に探索したいという気持ちもありますが、むしろ短篇だからこその鮮やかなイメージを味わうべきなのでしょう。「ハッピーバースデイ」と併せて、「八世界」的に身体の同一性を揺さぶる爽快さを感じます。もう一篇を選ぶとすれば、私は「幻胎」を挙げたいと思います。家父長制社会では「父の娘」は女性の呪いの一つかもしれません。父を克服して歩み出す娘たちの物語がいかに必要なことでしょうか。

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