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2020年度 第20回Sense of Gender賞講評

嶋田洋一(翻訳家)

今回の候補作4作品は以下の順番で読んでいます。

  • 松田青子『持続可能な魂の利用』
  • 藤野可織『ピエタとトランジ〈完全版〉』
  • 小野美由紀『ピュア』
  • 白井カイウ/出水ぽすか『約束のネバーランド』

どれも読み応えのある、それぞれが独自の美点を備えた佳作ぞろいでした。数年前から長時間の読書に目がついていけなくなって読書量が落ちており、仕事に関係がある海外SF作品ばかり読んでいたので、久々に日本の作家の作品をまとめて読む機会に恵まれました。ありがとうございました。

最初に読んだ松田青子『持続可能な魂の利用』は現代社会での女性の生きづらさに焦点を当て、女性読者にとっては身につまされる、男性読者にとっては「こんな“おじさん”になりたくない」と思わせてくれる作品でした。ジェンダー小説としてのメッセージ性はこの作品がいちばん強かったと思います。

藤野可織『ピエタとトランジ〈完全版〉』では主人公が名探偵、その伝記作家を志望する助手が医者、名探偵の姉は太った引きこもりの舞(マイクロフト)、最後に探偵を破滅させるのは森(モリアティ)、探偵は途中で死んだと思われたが実は生きていて……と、シャーロック・ホームズもののパスティーシュになっています。後半はロード・ムービー的な面白さもありますし、殺人が日常になった終末的世界の描写は大破壊後の世界を思わせ、SF的な楽しさもじゅうぶん。読んでいていちばん楽しかったのはこの作品でした。

短篇集の小野美由紀『ピュア』はアンハッピー・エンドな作品が多いながらも、読後感は妙にさっぱりしていて、ドイツ語で言う sachlich(客観的/冷静/即物的)な印象を強く感じました。単行本収録時に書き下ろされた最後の「エイジ」が表題作「ピュア」と対になっていて、全体がうまくまとまったと思います。唯一ハッピーエンドを迎える「バースデー」がいちばん記憶に残っています。

コミックスの白井カイウ/出水ぽすか『約束のネバーランド』は全20巻という長さですが、デスゲームとサヴァイヴァルが交互に襲ってきて、仕事をしながら2、3日で読み終えてしまいました。少年マンガ誌に連載されながら少女が主人公、という点が目を引きますが、主人公の少女エマ以上に、背景世界を考えるとママ・イザベラの存在感が際立ってきます。読後感も爽やかで、今年の大きな収穫と感じました。

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