特別賞
澤村伊智『ファミリーランド』
〈早川書房〉
受賞の言葉
特別賞受賞の連絡をいただいた時、私は首を捻りました。選考委員の方々が『ファミリーランド』のどの辺りにセンス・オブ・ジェンダーを感じたか、正直よく分からなかったからです。
もっとも、全くジェンダーを意識しなかったわけではありません。近未来を舞台にした全6短篇中2篇で、「夫が炊事をしているが、そのことについて作中で一切説明・強調しない」といったことを試みました。夫の炊事がごく当たり前の日常になっていることを表現したものです。ですが、これはディテールであって主題ではありません。細部に目を留めていただけたなら嬉しいですが、賞を授かるほどのことではない。謙遜ではなく本心からそう思います。
では一体何処が……と、パソコンの前で考え込んでも仕方がありません。なので小説を発表するようになってから直面した、ジェンダーにまつわる疑問について書いてみることにします。
私は男性ですが、女性作家だと間違えられることがあります。デビュー時点でプロフィールをある程度公表し、顔写真を公開しているにも拘わらず、です。これは何故か。
一つは女性視点、それも女性の一人称の話を書くことがしばしばあるからでしょう。『ファミリーランド』では2篇が該当します。平凡な主婦が困難に陥る物語と、娘を殺害した母親が明かす真相。もう一つは、女性が受ける社会的抑圧を書くことが多いからでしょう。
どちらにも「でしょう」と推測の助動詞を付けたのは、そうした手法を採用し、そうした話題を取り扱う作家が男性であるはずがない、女性に決まっている、という思考がやっぱりよく分からないからです。
私が男性だと知って驚く人にもこれまで何度かお会いしましたが、こちらとしては戸惑うことしかできません。女性の(性的に誇張されていない)イラストばかり描いている江口寿史氏は驚かれないのに、どうして小説家だと驚かれるのか。
こちらの話題でもパソコンの前で考え込むことになってしまいましたが、どうかご容赦願います。こうなってしまったのはきっと、創作における己のジェンダー観について、特殊だとも特別だとも思っていないせいでしょう。
この度はありがとうございました。
澤村伊智