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2019年度 第19回Sense of Gender賞 講評

橋本輝幸(SF書評家)

今回お声かけいただき、ゲスト選考委員として参加した橋本輝幸です。最終候補作のラインナップからは、候補作を選出した会員の皆さまの「ファンフィクション的想像力」と「現実の写し鏡としてのSF&ファンタジー」への関心が読みとれました。以下で、個別に感想を述べます。

清家雪子『月に吠えらんねえ』は11巻のボリュームのマンガで、実在の詩人や文人を作品の印象や行動からキャラクタ化し、ひとつの街「詩歌句街」に住ませるという設定の豪胆さが特徴です。魅力はやはり作中人物、そして作者の葛藤や苦悩を感じられる内容です。創作や想像力の根源と倫理。かつて顧みられなかったもの。それらに可能な限り誠実に取り組もうとしている意気を買いたいと思わされました。戦争、ジェンダー、ファンフィクションといった、ひとつでも重たい複数のテーマが並行して走っている点も読みごたえがありました。何より夢中で一気に読めました。私が候補作の中から大賞に推薦した作品です。

あるキャラクターの性別移行とカップル化にはいまいち納得できていないところがあり、『現代詩手帖』2018年6月の特集号を探して考察を深めたいと思っています。

金田淳子「『グラップラー刃牙』はBLではないかと1日30時間300日考えた乙女の記録ッッ」は表題どおりの愉快なエッセイです。刃牙シリーズについてぼんやり感じていたことが明晰に分析され、例えば刃牙の顔が可愛らしく美しく描かれているという指摘や、ヒロイン松本梢江との関係性の対等さへの言及は読んでいてスッキリしました。

本書にはファンフィクション文化の、自由奔放な再解釈や他者への情熱の”布教”といった特徴がみなぎっています。しかし好きなキャラクターやカップリングを探しながら読むというコンテンツ受容の方法は、すでにだいぶ世の中に出てきていています。2020年現在の一大トピックとすら言えます(例:中国やタイ発のBL映像コンテンツの人気、真田つづる『私のジャンルに「神」がいます』) 一昔前は見なかったトピックですし、人の数だけ語りかたも変わるはずです。BLファンによって共感されたり、非BLファンにオタクやBLファンの日常を楽しく読まれる本は、これからももっと出てくるでしょう。その中で本書がひときわキャラクター本位のコンテンツ需要を代表するかというと、そうは思いませんでしたし、そのようなつもりで書かれた文章ではないでしょう。

SF要素の欠如という点でも推せませんでしたが、これも本書の問題では一切ありません。きっと著者もSOG賞ノミネートに驚かれたのではと思います。なお、刃牙シリーズ本編でSF・ファンタジー的誇大アイディアを楽しむことは可能だと思います。カマキリとかピクルとか。今年は奇しくも『バキ外伝 烈海王は異世界転生しても一向にかまわんッッ』(原案/板垣恵介 原作/猪原賽 漫画/陸井栄史)というパロディ作品の連載も始まりました。

北村紗衣『お砂糖とスパイスと爆発的な何か:不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門』  はこの機会に読んで良かった本でした。

批評エッセイ集で、小説や映画の鑑賞を深める技を具体的に見せてくれます。教養や註で読者を圧倒しすぎない点も読者思いです。文学部に入る前後のビギナーにとりわけおすすめですが、趣味として読書を続けてきた人にとっても、精読や感想執筆のモチベーションを再燃させる本ではないでしょうか。批評家や研究者といった仕事への興味のきっかけにもなりそうです。個人的には、マーガレット・サッチャーの章が心に響きました。

一方で「ユートピアとディストピアについて考えよう」と題されたChapter5は個々の作品紹介・読解の性質が強く、そこまでの章のほうが着眼点への驚きやエンパワメント性に優れていると感じました。また本書では、出版マーケティングや作家の立ち位置が、SFやファンタジーど真ん中の作品は取り上げられていません。北村さんはTwitterで「イギリスの文学」講義の一環としてイギリスの文学SFホラーの講義録を公開されていますし、今後もっと本賞のコンセプトに適した文章を発表される可能性もありますね。

蛙田あめこ『女だから、とパーティを追放されたので伝説の魔女と最強タッグを組みました』全2巻は題のとおり、ファンタジー世界を舞台に女性であることで被る不条理・不利益の数々を描くライトノベルシリーズです。現実の「あるある/わかるわかる」を拾い上げ、ファンタジーに組みこんています。基本的には、クソみたいなやつらを倒す勧善懲悪の物語です。本シリーズが読者に必要とされる理由は、読んでいてよく理解できました。

ただし男女二元に分断されたシンプルさに、この世界における男性的/女性的という枠に収まらない男性、女性、それ以外の人たちがどうなっているのかという疑問を持ちました。また、メインキャラクターの女性同士の身体的接触について、意図が明確に描かれないことにひっかかりをおぼえました。ないものねだりという言葉もあるように、作品に「ない」「欠けている」要素の指摘が難癖に近い危険性は承知の上で、扱っているテーマがテーマだけにこの種の違和感が気になりました。

2巻は1巻で敵対した人物の復活と活躍も見られ、より素直に楽しめました。

澤村伊智『ファミリーランド』は、デビュー作『ぼぎわんが、来る』でも夫婦の描きかたが注目されていた著者のSF短編集です。家族の問題に迫ったホラー調の作品が中心ですが、バーチャル葬儀が主流になった時代にリアル葬儀をするコメディ調のお話「愛を語るより左記の通り執り行おう」も収録されています。私は介護を扱った「今夜宇宙船の見える丘に」を最も評価しています。40代の男性が、老いた父親の介護の中で追いつめられる状況を克明に描いています。オチのあるアイディアSFだからこそ、最後まで問題にフォーカスが当たり続け、読者に強烈な印象を残します。

作中の未来で、日本の家族の問題が現在あるいは少し昔から変わらない点には若干疑問がありましたが、選考会で「仮にこのままであれば、こういう最悪さな未来もありうる」という、いわば現代批判の機能もあるのではという反論をいただき、少し納得しました。

さて、課題作を一通り読んで感じたのが「既存の感性の根強さ」でした。全作に当てはまるわけでもなく、ひとつの作品の中でも一貫しているとは限りません。そしてもちろん、新しい感性=良いとはまったく限りません。自分と同じ感性のものばかり摂取したいわけでもありません。しかし恋愛やカップル中心主義であったり、二項対立的にとらえられたジェンダー観であったり、どちらかといえば既存のフレームに則った作品が多い印象を持ちました。私は本賞コンセプトの「探究し深めたもの」という言葉にこだわり、新規性・進歩性は大いに重要視しました。なぜ新しさの拡張を望むかといえば、私が長いこと自分の性別違和や性的指向に向き合わざるを得ず、リアリズム作品や日本の作品ではなかなか自分の求める創作物に出会えてこなかったからです。それが海外SFを志向してきた動機のひとつです。おかげさまで2020年は少し、求めていた物語にも出会えています。

また、これはあくまで個人的な意見になりますが、年次の賞の候補作にはその年の記録という意義もあると思っています。その点でいえば、Twitterで広く募られた予備投票から課題作がしぼられるプロセスで、直近のトレンドや非書籍作品がこぼれ落ちていないか気になりました。トレンドを具体的に挙げれば、VRとジェンダー、百合などです。本賞が、守備範囲から偏愛作品を選ぶ賞なのか、包摂的に拡大していく賞なのか、はたまた会員や各年のゲストそれぞれで思いは異なるので統一理念は存在しないのか、いずれにせよコンセプトが問われる時期ではないかと思いました。今後の一層のご発展を祈念いたします。

2019年度 第19回Sense of Gender賞 最終選考委員の講評

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