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2019年度 第19回Sense of Gender賞講評

岩川ありさ(文学研究者、クィア批評)

金田淳子「『グラップラー刃牙』はBLではないかと1日30時間300日考えた乙女の記録ッッ」は、男同士の激しいバトルを描く板垣恵介の漫画『グラップラー刃牙』(秋田書店)をBLとして読む。主人公の範馬刃牙(はんま・バキ)を、竹宮惠子の傑作『風と木の詩』のジルベールと「完全に一致」と指摘する前半から、すさまじい熱量。世界のすべてがBLとして読めることを示した点、見立てによって、少女漫画の登場人物さえ『刃牙』とつながることを示したことは本作の大きな成果である。BLの視点から読み直せば、少年漫画、少女漫画、青年漫画などの区分を横断した読みの可能性が出てくる。一方で、この本は「一里塚」ではないかと思う。続編、および、この本をきっかけにして、様々な作品をBLとして読む人が現れたときに本書の真価が発揮されるのではないかと感じた。この熱量が新たな糧になるようにと願う。

北村紗衣『お砂糖とスパイスと爆発的な何か:不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門』は、本文中の言葉でいえば、「批評を読んだ人が、読む前よりも対象とする作品や作者をもっと興味深いと思ってくれ」るような批評の入門書である。とりあげているテクストは、ヴァージニア・ウルフ、バーレスク、『嵐が丘』、『西の国のプレイボーイ』、『二十日鼠と人間』、『ワーニャ伯父さん』、『バニシング・ポイント』、『負けるが勝ち』、『ファイトクラブ』、『アントニーとクレオパトラ』、『サロメ』、『十二夜』、『シンデレラ』、『アナと雪の女王』など多岐に渡る。それらのテクストについて、「内なるマギー」をはじめ、強烈なキーワードでフェミニスト批評を行う。同時に、「フィクション内の事実」をしっかりと読んで解釈を行うなど、文学、文化批評の基本が学べる1冊。テンポのよさを感じると同時に、今後、さらに分量をもった文章として各論を読みたいと思った。ここからフェミニスト批評の楽しさを知る人が増えると考えると、心強い。

澤村伊智『ファミリーランド』は、親子や家族をテーマにした6作品を収めたSF短編集。親子や家族という主題がSFとあわさると、かくも現代社会の困難な課題を鮮やかに照射するのか。嫁姑問題の新しい形を描いた「コンピューターお義母さん」、計画出産、生殖医療を主題にした「翼の折れた金魚」、結婚マッチングサイト・エニシに翻弄される「俺」という語り手が印象的な「マリッジ・サバイバー」、やはりマッチングアプリ・エニシが登場する「サヨナキが飛んだ日」、未来(2108年)の葬儀を描いた「愛を語るより左記のとおり執り行おう」など、どの短編小説からもひとつの世界が立ちあがってくる。なかでも、胸に迫ったのが、「今夜宇宙船の見える丘に」。老齢の父の介護とそのかたわらに寄り添う語り手「僕」の関係性に引き込まれた。そこに外科的処置を伴う「ケアフェーズ」の問題を絡める手法は凄まじい。ラストの「宇宙船の見える丘」のイメージも鮮烈。

蛙田あめこ『女だから、とパーティを追放されたので伝説の魔女と最強タッグを組みました』全2巻。これだけジェンダーをめぐる、時事問題、社会問題に意識的なファンタジー小説が出てきてくれたかと快哉。素晴らしい実力を持つ魔導師のターニャは、職場から女性を追い出す口実(「冒険者は体力勝負」、「子育てには回復術士(ヒーラー)だろ」など)を突きつけられて、パーティを追放される。ターニャが、伝説の魔女ラプラスと出会い、理不尽な世界と戦う姿が痛快。肌を露出する女性の冒険者の装備について、「これは構造の問題だよ」というラプラスの言葉は、まさしく、ジェンダーをめぐる構造そのものを問うている。また、皇立魔導学院の入試における不正といったエピソードには近年の社会問題も見事に織り込まれている。全編にわたり散りばめられたエンパワーメントの言葉にも胸が熱くなった。時事問題や社会問題を直視し、同時にフィクションの力を見せてくれる作品の登場を喜びたい。今後、トランスジェンダーや性別に揺らぎがある人々の存在、また、女性同士の関係性についても、さらに先鋭的に書き進めてくれると信じている。何よりも、第3巻を心待ちにしている。

清家雪子『月に吠えらんねえ』全11巻は、近代詩歌と戦争の関係について問い、ホモセクシュアルな欲望と女性を排除した男性同士の絆によって維持されてきた日本近代文学そのものを問うている壮大なスケールの漫画。『月に吠えらんねえ』が、近代の詩、短歌、俳句の作者を「モデル」にしているのではなく、「各作品から受けた印象をキャラクター化」していることも重要で、テクストの解釈を通じて、新たな世界を創り出す回路が開いている。近代文学におけるホモソーシャリティと「愛」という主題に光をあて、やおい、BL、二次創作的な想像力が結実している点も見逃せない。「朔くん」が女性の身体になったことも、女性たちがまなざされる対象であった/あることをも明るみに出している。長期の連載がこうしてまとまり、センス・オブ・ジェンダー賞の大賞に推せてよかった。

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