大賞
古谷田奈月『望むのは』
〈新潮社〉
受賞の言葉
センス・オブ・ジェンダー賞を受賞したとの報告を受けたとき、『リリース』のことかなとまず思いました。『リリース』というのは、刊行からもう二年が経とうとしてはいるものの、直球のジェンダー小説で、舞台設定のせいか「SF」と呼ばれることも多いからです。ですから受賞作が『望むのは』だとわかったとき、とても意外で、驚き、同時に心から嬉しく思いました。
この『望むのは』という作品で描いた性は、性別としての性だけではありません。命あるもの、心を持って生きるものたちの、性質としての性のほうをより細かく描いています。
もうすでに多くの人が気付いていることかと思いますが、私たちは誰もが、ホモサピエンスに囲まれて生きる孤独なサンショウウオです。あるいは夜行性のコウモリであり、外来種のマングースです。この混沌とした世界で多様性を認め合うのは容易なことではありません。しかし私たちには、幸い、他者を理解することをあきらめる才能があります。何もかもが自分と異なる存在と出会ったとき、なぜそんなに違うんだと問い詰めるかわりに、その存在を放っておくことができます。違うところは違うままにして、わからないことはわからないままにしておくことができ、でもどうしても気になるときには、遠くからそっと眺めることができます。そして二度目か、三度目か、四度目かに眺めたとき、その謎めいた存在を愛おしく思っている自分にふと気付く、そういう才能が私たちにはあります。
この受賞を機に、『望むのは』という作品が新たな読者のもとへ届くことを、そして、性と性とのおおらかな関わり方が社会全体に広がっていくことを願っています。
古谷田奈月