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2016年度 第16回Sense of Gender賞講評

川又千秋(SF作家・評論家)

最後にして最初のSF的奇跡

候補五作は、それぞれに独自の高い喚起性を有し、世界と宇宙についてのさまざまな楽しい夢想と思索に導いてくれた。

まず、白井弓子『WOMBS』全5巻。日本SF大賞受賞作であり、その設定と展開は極めて刺激的。ただ、全体の軍隊観、戦争観に、評者は拭いきれない違和感を覚え続けた。「戦争は悲惨だ。ただし面白い」という意見がある。この作品の場合、どこが面白いのかという視点が完全に抜け落ちているため、戦争全体のプロバビリティが、少なくとも評者には、どうにも納得できなかった。

須賀しのぶ『くれなゐの紐』は、時代、舞台ともに、にやりとさせる道具立て。案に違わず、最後まで飽かせず、引っ張って行くストーリイテリングはさすがだが、読み進むに従って、漠たる物足らなさが膨らんだ。もしかすると、大正末期の浅草というバックグラウンドが、狙いとは裏腹に、自由を縛る手枷足枷として働いた可能性がある。異なる背景を用意した上で、もう一歩、迷妄の奥に踏み込むと、さらに色鮮やかな世界が立ち現れたかもしれない。

泉鏡花賞受賞の川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』は、タイトルからして、いかにも著者らしい暗示性に満ちていて、“今日は湯あみにゆきましょう”という幕開けの一行目から、すんなり作品世界に引き込まれた。当初、評者は、ティピカルな未成SFとしての質感を備えた倉橋由美子『スミヤキストQの冒険』を脳裡に置いて作品を読み進めていったが、やがて、これが異種のシステムであることに気付く。解題的な後半部分が、果たして必要だったかどうか。未知を未知のまま、朦朧の中に残して欲しかった気がする。

こうの史代の漫画原作を片渕須直監督がアニメ化した『この世界の片隅に』。この両者を比較した時、評者は、どうしても前者に軍配を上げたくなる。理由はシンプル。「戦争の色はモノクロ」と言ったのが誰だったか失念してしまったが、要するに彩色され、映画的に脚色されたアニメ世界より、坦々黙々と展開する原作の単彩画面に、より以上の実存性を感じたからである。いずれにせよ、ここに描かれた“銃後”世界には種々の問題が内包されており、両者を重ね合わせた上での〈時を超える賞〉授賞に、全く異存はない。

そして、〈未来にはばたけアイドル賞〉に輝いた、草野原々「最後にして最初のアイドル」である。アンソロジー『伊藤計劃トリビュート2』冒頭に収録された中篇作品。原稿用紙にして百四十枚に満たないボリュームながら、扱っている時空のサイズは膨大壮大で、まさに目が眩む。それを可能にした文体が、また特異で、何度か読み直しながら他の叙述スタイルの可能性を評者なりに探ってみたものの、これまでのところ、発見に至っていない。

もちろん、これを、既存の作話法によってなぞり直すことはできるだろうが、それを十全にこなしうる作家はレムくらいしか思い当たらず、たとえ完成したにしても、本作同様の緊張感を最後まで保ち得る話法が存在するとも思えない。大袈裟を承知で総括するなら、この作品は、最後にして最初のSF的奇跡かもしれないのだ。

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