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2014年度 第14回Sense of Gender賞講評

柴田英里(現代美術作家)

この度センス・オブ・ジェンダー賞の選考委員を勤めさせて頂きました、美術家で文筆家の柴田英里と申します。候補作品はどれも大変面白く、審査に非常に悩みましたが、2010年代、とりわけ、コミュ力や共感力がより言祝がれるようになった震災以後の現代社会への問題提起と新しい可能性を備えているかという視点を評価の基準に致しました。

乃木坂太郎『幽麗塔』(全9巻)

物語の完成度だけでなく、多様なセクシュアリティ(クィア)のあり様を描写しているので、ジェンダー・セクシュアリティスタディーズの入門としてもとてもわかりやすい。

頭(右脳)を打ち抜かれて芸術の才能が開花するゲイの警官山科や、乱歩の“芋虫”男のようになっても主人公たちに襲いかかる死番虫など、昭和の探偵小説やミステリであったようなファンタジー要素の強いマイノリティ表象は、近年ではポリティカルコレクトネスの意識とインターネット社会に置けるピアプレッシャー(同調圧力)によって少なくなっている。だが、この作品ではこうしたファンタジー要素の強いマイノリティ表象が、「マイノリティのマイノリティとしての肯定感(“変態”の肯定)」を喚起する描写として成立しており、現代のLGBT問題(例えば同性婚問題)で起こりがちな、共感性に重きを置く主張が、「マイノリティは社会に全て包摂されるべき」と取り違えられることなどへの示唆にも読めて好感が持てた。

もちろん、“変態”としてのクィア性だけでなく、少年の心と女性の身体という齟齬に苦しめられる主人公のテツオがシスへテロ女性に抱く恐怖(ミソジニー?)の感情など、マイノリティゆえの恐怖や差別感情の描写も素晴らしかった。センス・オブ・ジェンダー賞に相応しい作品である。

村田沙耶香『殺人出産』

「10人産んだら1人殺せる」というインパクトある設定には、「なぜ10人なのか? 単純に人口増加を考えるなら5人くらいでも良さそうだが……。」という疑問も沸いたが、2000年以降のジェンダーバックラッシュや311震災以後の保守化、避妊の方法や種類、子供を産みたくない女性や、LGBTなどのヘテロ以外のセクシュアリティに触れることもなく、「22歳をピークに女性の妊娠しやすさが低下する」という信憑性にかけるデータを掲載する(産めよ増やせよの匂いを感じる)高校生向け保健教育の副教材が文部省によって作られる現代において、優れた風刺と重要な問題提起をしていることが素晴らしい。

また、シスへテロモノガミーや母性愛が規範化されやすい日本の女性運動の歴史や、近年爆発的に増えている女性向け子宮信仰系スピリチュアルへの批評性に富んでもいる。今日本で最も読まれるべき“妊娠小説”である。

西UKO『となりのロボット』

いわゆるヘテロ男性向けレズビアンものとしての百合作品とは異なる。「女の子×女の子」「人間×ロボット」という二重のマイノリティ性を孕んだ関係性、もはや百合ですらないかも知れない二人の物語が、最後まで「人間と人間の異性愛」というモデルに回収されることがなく、人間のチカちゃんとロボットのヒロちゃんの関係性であったことは、マイノリティはマジョリティと同様に「より良い社会」に包摂されるべきとされがちな近年の同性婚問題を考える上でも示唆的だ。

ピュアで切ない百合物語としてだけでなく、ヒロちゃんのチカちゃんへの思いや行動のひとつひとつが人口知能やロボット工学に関連づけられており、候補作品の中では一番SF要素が強く、賞に相応しい作品である。

勝山海百合『狂書伝』

なんといっても、少女が書いた手紙を愛好する性癖「嬢信癖」に関する話が、淡々と移ろいゆく文体の中で例外的に強い筆圧で描かれており興味深かった。

犬に変身する斑娘の仙術や、タイトルでもある「狂書」の内容よりも、嬢信癖の方がずっと具体的かつ饒舌に描かれ、物語を意外な方向に動かしていることからは、特殊能力や狂気やフェティシズムといった特異性が一元的には計れないものであること、特異性は絶対的なものではなく相対的なものであることを気付かせてくれる仕掛けとしても機能しており、2020年のオリンピックを踏まえた都市再開発のジェントリフィケーションや、表現規制の問題など、「社会を“クリーン化”する視点」の是非を考える上で示唆的だ。

一方で、登場人物も多いので、もう少し人物名に振り仮名を当てる箇所を多くする、巻頭に簡単な人物紹介をつけるなど、本という構造面での配慮がもう少しあれば有り難かった。

上橋菜穂子『鹿の王』上下

圧倒的な物語の力に引き込まれた。

動物から植物に生成変化してしまう〈光る葉っぱ(ピカ・パル)〉や、黒狼熱の菌と共存するヴァンやユナのような、菌によって血液を書き換えられたヴァンパイアのような変身者たちのあり方には、個体として・種として・コミュニティとしての共存のあり方を考えさせられる。深い洞察と医学的知識に基づいた素晴らしい小説だった。

ジェンダースタディーズの視点から見ると、仕事の実力と身分制や家業のしがらみの間を揺れながら生を模索していくミラルやサエは、現代社会が抱える「女性の生き辛さ」の問題と親和性があるが、であればこそ、欲を言えば、共同体の中で命を繋いでいくことに肯定的ではない、生命を繋いでいくことを見越した死以外の死を考察するような立場の女性も登場して欲しかった。

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