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2012年度 第12回Sense of Gender賞講評

ひかわ玲子(ファンタジー作家)

 ノミネートされた作品は、萩尾望都氏の『なのはな』野尻抱介氏の『南極点のピアピア動画』白井弓子氏の『WOMBS』1~3巻荻原規子氏の『RDG レッドデータガール』(全6巻)須賀しのぶ氏の『芙蓉千里』三部作の五作
 選考会は四時間以上に及び、わたしもさまざまな賞の選考会で討議した経験がなありますが、ここまで熱い議論はしたのは久しぶりというか──ジェンダー研究会の心意気を感じました。

 まずは、その選考の結果について。
 2012年度のセンス・オブ・ジェンダー賞に、須賀しのぶ氏の『芙蓉千里』三部作。そして、今回の審査員からの総意として、このセンス・オブ・ジェンダー賞の生涯功労(Life Achievement Award)を、萩尾望都氏にささげ、褒めたたえようということになりました。

 審査の経緯について。

 まずは、今回の大賞であるセンス・オブ・ジェンダー賞を受賞した、須賀しのぶ氏の『芙蓉千里』三部作(『芙蓉千里』『北の舞姫 芙蓉千里II』『永遠の曠野 芙蓉千里III』)について。この作品は、二十世紀の初頭、満州の哈爾浜(ハルピン)と当時の大陸を舞台とした骨太の大作で、主人公の少女が、ともに女郎にされるべく売られて来た親友の少女との間で、互いの運命を取り替える、という、未来改変的な不可思議な経緯を経て過酷な環境を生き延び、さらに大きな時代のうねりの中で「舞う」という神から与えられたギフトのような能力によってさまざまな危難を乗り越えていく物語です。この作品の尋常ならざるところは、そうした時代の中にあって、ありとあらゆる、当時の社会がその時代の「女性」に要求していたであろうさまざまな制約・拘束──結婚観・少女に求められた処女姓・権力への服従・暴力による支配・芸術による社会への慰安義務・社会的な富と地位による幸せ構築、などなどに拘泥することを主人公の少女に許さず、社会のなにものにも支配されずに自分の意志を貫く生き方だって出来たはずだ、という思考実験をしていることです。これは、ある種の、当時においてはありえないジェンダー・ファンタジーで、現実の歴史の中でこの物語を組みあげたところが大変にSF的に感じました。SFにおいて、ハインラインやバラードなどの巨匠が試みていた、社会科学的・比較文化人類学的なプログレッシブな世界観に迫ろうとするような大胆な構想が感じられ、さらにラストにおいては、ゲイカルチャーの青年とこの主人公が共感する、など、ジェンダー的な仕掛けもあり、女性的な視点が際立っていてジェンダー的にとても興味深い作品である、ということで、この作品がこの賞にふさわしいと思い、強く押しました。

 選考における激論では、最後まで、この作品が荻原規子氏の『RDG レッドデータガール』(全6巻)とせめぎ合いました。荻原氏の『RDG』、長い髪の毛をお下げにして、内気で気弱なお姫さまの少女が「絶滅危惧種」である、というのは作者の強烈な皮肉なのでしょう。その少女が姫神であり、山伏の一族に守られている。彼女の謎もまた、未来改変的な事情を含んでいる──という点において、『芙蓉千里』と似た構造を持っているのは、不思議な暗合でした。ですが、むしろ、この物語が現実の日本を舞台とせず、異世界を舞台にした完全なフィクションであったならば、たぶん、わたしの中では評価は上がったかもしれない、と思います。世界を滅ぼしかねない力を持った少女がそれゆえに主体的な行動を起こさず、結末において彼女が決意することは、確かに今の世界平和には必要なことかもしれず、そこにジェンダー的少女的な視点があるのは評価すべきと思います。ですが、舞台が現実であることで、日本が歴史的に「巫女」「山伏」という事象に抱えている男女が同等ではないジェンダー的問題にも、現在の世界の抱えている大きなさまざまな人種・文化・経済格差問題にも、アプローチとしてとても弱い印象があり、わたしは、『芙蓉千里』の骨太さに軍配をあげました。

 また、白井弓子氏の『WOMBS』は2012年現在では3巻までしか出ていなくてまだ未完であること、最後まで完成してから評価すべき、という意見で見送られました。完成の暁には、もう一度、この賞にノミネートされて、選考審査がなされて欲しい、と願います。大変、興味深いテーマで、戦争で妊婦が戦う、しかも、受胎するのは人工的に植え付けられた、その星の本来の現住種である異星人の子供であり、その子供の能力を使って、圧倒的な力で支配してくる、同種である人間同士との戦いを有利にし、かつ、その子供が成長して生まれ出てくる前に堕胎する、という方法によって。つまりは、異星人の子供を利用したあげくに殺し続ける妊婦が、自分の属する集団の利益のために戦う、という大変に重いテーマで、しかも2012年の話の進行段階では物語の落としどころもまだ見えていない──。この段階での評価は危険であり、作者にとってもそれは不本意であるようにわたしには感じられました。戦争で女が戦うことと女性の母性、というのは、わたしも悩んだ問題なので、この問題に真っ向から向き合う作者の勇気は尊敬します。是非、結末を待って、その上で評価していただければ、と思います。

 野尻抱介氏の『南極点のピアピア動画』は、その世界観が、性差を超えて、まるで少女漫画のように明るく爽やかで、その点において評価されるべき、との意見も出ましたが、残念ながら受賞には至りませんでした。初音ミクとファミマが明るい未来を作るその幻想は、男性でもこんなふうに脳天気に夢を見るのね、とちょっとほのぼのしました。

 一番、選考委員の間で紛糾したのは、萩尾氏の『なのはな』でした。その作品の社会に対するインパクトは他の作品を抜きんでていて、完成度は段違いでした。ただ、この作品集の、特に原発三部作は、ジェンダーを意識した表現はなされているけれども、それは作品の主眼ではないし、むしろ、ジェンダー的に読まれることを避けるための三部作だったのでは、という読み方も出来ます。それを、これをもって、センス・オブ・ジェンダー賞というのは、やや、選考の方向性がずれてしまいます。けれど、萩尾氏の作品は、この賞が存在しなかった頃に描かれた『マージナル』、当時の少女たちには衝撃的だった『トーマの心臓』など、日本の女性のジェンダー観に与えた影響力を思うと、総括的には萩尾氏に賞を、と選考委員全員が一致して考えました。

 激論の末、これまでのさまざまな萩尾氏の作品が、日本の女性・男性を問わずに与えたジェンダー観への影響を考え、萩尾望都氏に生涯功労賞を、という結論に至りました。ちなみに、こうした生涯功労賞の前例として、本家のジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞では、Fairy Godmother award フェアリー・ゴッドマザー賞(妖精教母賞)をもって、作家アンジェラ・カーターに敬意を表したといういきさつがあるそうです。

 萩尾望都氏の作品は、わたしの世代から後に生まれた少女たちのジェンダー観の血と成り肉と成り、新たな観点を生み出した宝庫となっています。このセンス・オブ・ジェンダー賞でこの方を称えなくては、賞の存在意義さえ疑われそうです。この、萩尾望都氏に生涯功労賞を、という結論を出した選考会に参加させていただいたことは、わたしの誇りとなると思います。

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