大賞
梨木香歩『沼地のある森を抜けて』
〈新潮社〉
受賞の言葉
「女・子ども」の視点からものを書いてゆきたい、と言っていた時期がありました。
「書いてゆきたい」のではなく、「書いてゆくしかない」のだというのが最近の率直な気持ちです。社会的な使命感から言っているのではなく、その視点から見る世の中が圧倒的に陰影にとんでいて味わい深く、またぞくぞくと「リアル」であるからです。
今彼女の中で、彼の心の中で、その関係性の中で、或いは社会の中で、「本当に起こっていることは何なのか」。その現実をリアルに書くためには、逆に現実にはありえない設定にしなければならない事もあります。けれど自分がファンタジーやSFを書いているのだという意識はなく、「本当に起こっていることは何なのか」、それを書くのに夢中でジャンルのことはすっかり忘れていた、というのが実情です。
けれど書き続けるうち、やはり繰り返し繰り返し現れてくるテーマがありました。
いつか真正面からそのテーマと取り組まなければならないという予感がありました。
それは「生命」でした。そのことを書くに当たっては「性」、「生殖」ということは避けて通れませんでした。植物学的な事、生物学的な事も含め、物語が要求するものからは一歩も退くつもりはありませんでした。そういう試行錯誤が四年程続きました
ので、書き上げた後しばらくは解放感と達成感に包まれ、誰にもわかってもらえなくても、自分の中ではこれは命がけの仕事だった、という自負がありました。
今回この作品が、Sense of Gender賞をいただいたと聞いたときには(ジャンルということをすっかり忘れていましたので)びっくりしました。ジェンダーということに真剣に向き合ってこられたみなさんに評価して頂けたということは、この作品と格闘していた頃を思い出すにつけてもしみじみとありがたいことでした。やっていることは孤独で地味な作業の連続で、晴れがましいことは似合わないという自覚がありますが、思いも掛けないところから共感や励ましを頂いた気持ちで、それが何より嬉しく、心が温かなもので満たされます。この賞が商業的なものでなく、真摯な熱情を持って創設された純粋な意味での「手づくり」の賞であることにもまた、いただく喜びと光栄を感じています。
ありがとうございました。
感謝を込めて。
心から。
梨木香歩