柏崎玲央奈(SF書評家)
『宇宙生命図鑑』は、普段は単為生殖を行っていて環境に変化が起こると有性生殖に変わるという生態の異星人もの。ティプトリーの「汝が半数体の心」といえば簡単だが「そういう異星人がいてびっくり」の結末を越える。最後にかけおちするのは、本来なら生殖しない性別 のふたりなのだ。またなぜ有性生殖が観測されないのか、かつては観測されたのか、にも人類の介入という仕掛けがある。おしいのは、ライトノベルという枠組みでキャラクターものが前面に出されているために、SFネタが弱いところか。
『妻の帝国』は、妻に従う夫という新しい夫婦の形態を示したものの、なにか新しいステージに上るかというと、そうでもないところが残念。
『傀儡后』は、どうも作者の皮膚感覚と私の皮膚感覚は違うようで、描写などに実感がわかなかった。最後の方は、わりとよくあるSFになってしまって残念。もっと違うところへ持っていってほしかった。
『両性具有迷宮』は、SF部分はご都合主義だけれど、このようなものも十分ありだと思うのでかまわない。性的なことに関して自由である人と抑圧されている人の、精神的な健全さの差を暴いていく作品である。もちろん前者の方がよいことなのだが、森奈津子という特殊なキャラクターだけに可能であるかのように、考えられてしまうかもしれない。
『海を見る人』は、『αΩ』の前日譚(?)である「母と子の渦をめぐる冒険」がジェンダーSFとしておもしろい。もちろん、本当は母と子ではない。ないのだが、その落ちも含め、これを母と子に例える、そのセンスに著者のジェンダー観が現れていて興味深い。
以上から、70年代フェミニズムSFを通り抜け、新しいフェミニズムSFの可能性を示した『宇宙生命図鑑』を大賞に上げたい。