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2001年度 第1回Sense of Gender賞講評

小谷真理(SF&ファンタジー評論家)

最終候補作品は、どれも非常に読みごたえのあるものでした。かなり迷いましたが、茅田砂胡『スカーレット・ウィザード』(中央公論社)を推したいと思います。

茅田砂胡『スカーレット・ウィザード』(中央公論社)

大宇宙をまたにかけて大暴れし、大冒険を勝手に続けている宇宙海賊の男が、これまた宇宙に冠たる大富豪の令嬢(というにはいささか薹が立ってるが…) に目をつけられ、契約結婚することになるいう、宇宙活劇。一巻では結婚、二巻で妊娠、三巻で出産、四巻で子どもの誘拐、そして五巻で衝撃の事実が明らかになるという物語。人をよせつけない男の中の男が、いかにして捕獲され種をとられて文明下につなぎ止められるのか、というより、これは、女ストーカーの話ですね。主人公のジャスミンの男性化プロセスが、一途に相手に思い焦がれている気持ちと無関係ではなかったという部分も、恋愛ストーカーとしての根性を見たような思い。とにかくおもしろかったです。それにしても、性別が逆だったら、ただの「じゃじゃ馬ならし」かもしれないが、逆にすると、性差のいろいろ見えないところがわかってくるんだな、と感嘆。わかりやすくて、深いです。

本書の図式だと、著者いわくところの「怪獣二匹のハーレクィン・ロマンス」。いっけん、超人系サイボーグふたりのロマンスですが、セックスしたら妊娠しても当然、出産したらベビー連れて冒険しても当然、とあえて生殖プログラムを除外しないでしつこく冒険を続けるヒーロー像というのが、斬新でした。最終的にクレーマークレーマーしちゃってるしね。

総じて、女性たちの欲望に忠実なロマンス小説のというジャンルの性差に関する約束事をSF世界に持ち込んだら、こ~んなにむちゃくちゃなハナシになっちゃうのよォ~という非常に楽しい話で、このへんはやおいの過激性に通 じているのかもしれません。

ちなみにこういうお話は男性ファンには不愉快ではないかと疑ったのですが、SFセミナーの企画では、「スカッとした」「さわやかだった」と男性ファンからの支持の感想を聞いたことが驚きで、ジェンダー的には男性的価値観に挑んでいる作品ながら、なぜか不快感をあたえていないという凄いこともやっている話だと感動しました。で、そうしたことを総合して、今回推すことにしました。

大原まり子『超・恋・愛』(光文社文庫)

世界のなかにあるさまざまな壁。それにぶつかって、欠落を知り、それを超克したとき、物語が生み出されるーー奇妙なことだが、ここに集められた六編の短篇、どれを読んでも、女性作家の創造力がどうなっているのかというところから、物語の始まりをとらえているような気がしました。ある意味、女性の創造力の強さ・したたかさ・繊細さを捉えていて、女性宇宙の善きところも悪しきところも呑み込んだ本当に豊かな寓話世界を作っていると思います。

小林泰三『ΑΩ』(角川書店)

性差的には、星間種族を描いた第一部が白眉。この未知の生命体、コミュニケーションそのものが生物学的な性の交接の意味合いを帯びるという部分に、革新的なものがあると思いました。我々人類の性差とはまったく異なる性のシステムに支配された彼らと、それに乗り移られた地球の生命体。どちらの性差が優位になるのか、のっとったほうか、のっとられたほうか。地球人たちのほうの性差が粉砕されたらしいことは推察できるのですが、ただし他のシステムの描写におされて、そこんとこは、余り記述がありませんでした。残念。でも、とにかく第一部は、心に残る、みごとなエイリアン像です。

森岡浩之『星界の戦旗』(早川書房)

実は『星界の戦旗』は、前作の囚人惑星の話が一番性差と関係あるかなと思ってます。 もともと遺伝子改造を得意とし、惑星に住まない宇宙族アーヴという文化形態自体が性差的には非常に変わった設定を思わせます。だからこそ、皇帝が女性であったり、妊娠・出産を人工的な手法で解決し、男女ともに別はあまりなく、血縁よりも文化的影響を重んじるなんて話がバンバンでてくる。これって、ファイアストーン『性の政治学』で描かれた世界観を世界背景に応用したもので、かつ、生物学的性差より文化的な性差に重点があというかなり斬新な視点だと思いますが、まだその細かいところが開かされていないという気がします。本書は三部作ではないということなので、今後の展開に期待してます。

由貴香織里『天使禁猟区』(白泉社)

七十年代に「悪魔」が本当は善かも、という視点が現れて『デビルマン』など本当におもしろいマンガが描かれてました。『天使禁猟区』は、その意味では、九十年代の「天使」がひょっとしたら悪かもという視点から描かれた作品群のなかで、究極的なものだと考えます。天使が毎日権力闘争と人体実験に明け暮れている、なんて物語、SFでしかありえない。また、主人公の刹那が、少年の姿にもかかわらず、その内部に有機天使アレクシエルの魂をもっていて、実の妹に近親相姦的な愛情をいだく。妹には、水の天使ジブリールの魂が潜んでいるから、これって潜在的なレズビアン? …とか思い、刹那とサラの近親相姦にしろ、アレクシエルとジブリールの同性愛にしろ、我々が当然と思っている異性愛社会の世界観が、ぼろぼろ崩されていく。ここがすごかった。「愛し合うのは当然、邪魔する奴らは邪悪で醜い」とひたすら自らの愛の正当性を主張し、読んでるこっちも、だんだん主人公たちの情念の世界に同化して、それが当然だと思ってしまう。いわば説得力と言うより洗脳力の強さが魅力。少女の空想の世界を徹底して、世界を書き換えていく、その執拗な追求ぶりにも、非常に心惹かれるモノがあります。

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