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2008年度 第4回Sense of Gender賞 海外部門最終選考作品

ケイト・コンスタブル 『トレマリスの歌術師(全3巻)』
浅羽莢子・他訳〈ポプラ社〉
Kate Constable , Chanters of Tremaris The Singer of All Songs , The Waterless Sea , The Tenth Power

ケイト・コンスタブル 『トレマリスの歌術師(全3巻)』トレマリスの歌術師〈2〉水のない海トレマリスの歌術師〈3〉第十の力

作品紹介

若くて才能のある巫女見習いの少女カルウィンが、壁のそばで傷ついた魔法使いの男ダロウを助ける。やがて、ダロウを追ってきた邪悪な魔法使いサミスの手から逃れるために、カルウィンはダロウとともに、壁の向こう側へ、広大な世界へと旅立つ。
幼く閉じられた少女の世界から、広々とした大人の世界へ旅立つように始まったこのファンタジーは、利発なカルウィンの目を通して、世界がどんなふうに成り立っているのかを、ドラマチックに描き出していた。異世界トレマリスは、物語が始まったころにはひとつの大きな危機を隠し持っていた。運命の子カルウィンは、荒漠たる世界を旅しながら、その危機に直面し、世界のほころびを正し、自らも大人へと成長していく。その意味では、本書は正しく、少女の成長物語である。

異世界ファンタジーでは、子どもと世界は、互いに深い関係性で結ばれていて、子どもの成長が、世界修復のプロセスと結びついていることが多い。本書でも、トレマリスの危機がどのようなものなのか、どのようにして世界が再構築されて行くのかが巧みなプロットで描かれ、同時に少女から大人になることを通して、この世界での女性のありようをみごとに浮かび上がらせている。

なかでも興味深いのは、トレマリスの魔法が、「歌」であることだ。世界を構成する要素が九つあり、魔法使いたちは、魔術師ならぬ歌術師と呼ばれていて、それぞれの本質を歌うことによって、複雑なる力をコントロールしているらしいのだ。世界の危機とは、その「歌」すべてをわがものとし、世界を手中に収めようとする強大なる魔法使いサミスが現れたことによるのだが、カルウィンらはそうしたサミスの企みに翻弄されるようにして、世界のあちこちを旅し、ダロウの故郷である大帝国の宮廷、荒漠たる砂漠、躍動する大海原、氷に閉ざされた巫女の国などを訪れ、さまざまな歌と相対するというわけである。
作者はオーストラリアの女性作家。かの国の歴史を網羅しながら、南半球に於ける地政学も思考しつつ、迫力ある異世界を構築している。(小谷真理)

石神南(レビュワー)

カルウィンは、氷壁に囲まれた国、アンタリスの若き巫女。<タリスの娘たち>は、太古から受け継がれてきた「歌の力」で、国を氷の壁で囲い、外敵の侵入を防いでいる。カルウィンは、次世代の「一の巫女」候補と秘かに目されるほどの歌い手でありながら、落ち着きがなく、外の世界へと想いをめぐらしていることも多い。
そんな彼女はある日、見知らぬ男が倒れているのを発見する。その男、ダロウは、越えられるはずのない壁を越えて、アンタリスに入ってきたのだ。彼女の知らない「鉄の力」の歌術を持つ男。そして、彼との出会いは、少女の長い旅の始まりの序曲となった…

冒頭の部分を「佐々木淳子先生の『ブレーメン5』じゃない?」と思った人、手をあげてください(笑)。

旅の途中で出会い行動を共にする人々、へんてこな発明ばかりしている学寮生トラウトは、ギムナジウム物で、美形の主人公より愉快な脇役の方が気になって仕方がない方におすすめですし、「風の力」を操るミカのたたずまいは、この物語に素敵な表紙及びさし絵を描かれている萩尾望都先生の初期の名作「ビアンカ」を思いおこさせます。「生成の力」を持つ樹海の民ハラサーと○○との関係なんて、まんま「スターウォーズ」の一場面のようです。この物語中最大の敵、サミスが、古代の機械、○○をカルウィンに操縦させようとするところは、『グインサーガ』を彷彿とさせます! お好きな方なら、きっと涙が出ちゃいます。

邪道な(?)楽しみ方ばかり先に書き連ねてしまいましたが、本筋のストーリーは骨太で、少女の成長物語であり、ガールミーツボーイ(ボーイじゃないですね。16歳のカルウィンに対して、ダロウはなんと、30歳近いという設定)であり、大地再生の物語でもあります。

そして、とても小さな、見落としそうなエピソードが語ってくれるのですが、これは、「歌」で技術を伝えてきた文明が、一度手放した「文字」を再発見する物語でもあります。

人間の文明は、記録して、伝えることによって、文明を文明たらしめています。「歌術」は、時には、世界にも術者にも大きな危険を及ぼしかねない技術であるだけに、一部の人々が占有して、限られた者たちだけに伝えていました。しかし、歌を記述した板が、全ての歌術の歌い手たらんとしたサミスによって再発見され、それを読めるようになったカルウィンは、文字(譜面?)から「歌」を再現します。

「歌」を、口伝えだけでなく、記録して共有し、後代に伝えようとする試みは、私たちの文明でいうと、グーテンベルク聖書が印刷された時ぐらいの、歴史の転換点となるはずです。これからのトレマリス全土は、大きく変わっていくことでしょう。

アニメ版『風の谷のナウシカ』のエピローグで、すっかり平和になったとおぼしき世界で、ナウシカが幼い子たちにメーヴェの乗り方を教えている場面が、ちらっと出てきます。カルウィンが、幼子に歌を教えている未来の姿も、あんな感じなのでしょうね、きっと。

立花眞奈美(主婦)

いつも少女だ、と思った。それも変わり者の。

トレマリスの少女カルウィンは氷の壁に囲まれた北の氷の歌術師(歌で魔法を使う)氷の巫女たちの見習い巫女だが、ちょっと変わっているので可愛がられもし、邪魔者扱いもされている。

ある日外界との境界である高い氷の壁の内側に若い男が倒れているのを見つけ、世界を救う旅に出かけることになってしまう。もう少しで通過儀礼を経験し、一人前の巫女になれるというのに。

カルウィンたちの世界はトレマリス、夜空に三つの月が複雑に運行している星。世界にある九つの歌(力)を手に入れると「万歌の歌い手」となれ、世界を支配できるらしいのだが、よこしまな考えでその力を手に入れようとするサミスとそれを阻止しようとしているダロウの戦いに巻き込まれたのだった。

カルウィンとダロウは行く先で仲間を見つけ、また不思議なことにカルウィンは一種族が一つの歌のはずが次々に歌を覚えていく。

最初すごく不思議だったのは女神に仕える巫女なのに処女性があまり重要視されていないことだった。通過儀礼を通った巫女は男たちと出会い子どもを産む、生んだ子が歌の力を持っている女の子なら巫女として引き取られ、男の子と力のない女の子は父親の元に残って壁の外で村を作っているのだ。普通神に仕える巫女は処女であることが最重要なはずなのにと思って読み始めたが、それも後に明かされる。成長とともに力も大きくなっていくのだ。

カルウィンとダロウは互いに引かれ合うが、何かがあるために今は結ばれることはない。だが10歳以上年が離れているらしい二人がやきもちを焼く場面では、大人が少女に振り回されて少々小気味よいくらいだった。ダロウは子どもの時に禁じられた鉄芸の歌を使ってしまい、親から離されて砂漠の真ん中の黒の宮殿と呼ばれる鉄芸師の城へ連れて来られてむりやり修行をさせられたのだった。敵のサミスとはそこで知り合い友人として長く一緒にいたのが今は敵対しているのだが、それやこれやがトラウマになっていてカルウィンと素直に付き合えないのだ。なんかいい大人が子ども相手に何やってんだ、ロリコンか? くらいに思ったのだが、カルウィンの成長とトラウマを抱えるダロウの成長のなさが二人の釣り合いを合わせているのではないかと感じた。若さゆえに出生の秘密を聞いても希望を失わないカルウィンに比べ、過去にとらわれている30歳近いダロウなのだ。

登場人物はほとんどが変わり者、オッドチャイルドたちで、通常の者たちが既成概念に囚われてかたくなになっていても、そういう者だからこそ違うものを感じ取り、新しいものをなんなく取り入れることができる。

この物語は再生の物語である、自身に制御できないほどの力を使ってしまったカルウィンは一度その力をすべて失ってしまう。だが、自己犠牲の精神が古代の力に受け入れられ、以前に増して大きな力を取り戻すのだ。これには何かのモチーフを感じないだろうか? ギリシア神話しかり、日本の歌舞伎の約束事しかり、またフェニックスの逸話が必要だろうか、より大きな力を手に入れるためには一度力を失わなければいけないのだ。

また循環の物語でもある、川から海、海から雨、雨から川、と準えられるように世界はすべてが繋がって巡り巡っている。その原理が失われつつあり、サミスが現れるよりも前に、すでに星は滅びかけていたのだ。トレマリスには実は別の声を使わない星の厳重民俗が住んでおり、最後はお互いに受け入れ合い滅びかけている星を救う。

声を持たない種族の老婆は「女の力は乙女の力より強い。わかるか? 母の力はなおいっそう強く、年寄りの力は何よりも強い」という。この物語はカルウィンの長い通過儀礼でもあったわけだ、アンタリスの巫女としての通過儀礼は経験し損ねるが、世界を救う「万歌の歌い手」としての通過儀礼を経験しダロウと結ばれて乙女から女に変わる。

やがて母親になる日がカルウィンにやってくることを暗示して物語は終わる。

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