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2006年度 第2回Sense of Gender賞 海外部門大賞

大賞
アイリーン・ガン『遺す言葉、その他の短篇』
幹 遙子訳〈早川書房〉
Winners of the Sense of Gender Award in Translation 2006
Eileen Gunn , Stable Strategies and Others

大賞 アイリーン・ガン『遺す言葉、その他の短篇』

鈴木とりこ(ジェンダーSF研究会会員、レビュアー)

本作は短編集ですが、「たくさんの作品から似たようなテーマを集めた」類の作品集ではありません。寡作な作家の、よくいえば多彩、悪く言えば「実にいろいろ」な作品群を、ムリヤリ一冊の本に盛り込んでしまったような印象もあります(もちろん、このため「盛りだくさんでおトク」というたっぷり感もあります)。

ビジネスシーンをスラップスティックに風刺した、巻頭の「中間管理職への出世戦略」から、神話世界のような雰囲気もある、寓話的な「ライカンと岩」、未来のハイスクールの風景を描いた「ニルヴァーナ・ハイ」など、作品ごとに傾向がさまざまです。しかし、いずれも書き手の視点、思想には常に一定したある種のトーンが流れている、興味深い構成となっています。

異世界ファンタジー的な世界設定において、異文化間の交流を描き、しかも異種間の悲恋物語のようでもある「コンタクト」は、ル=グウィン作品が大好きで、そして鳥という生き物がとても好きなわたしにとって、魅力的な作品でした。他作品と比べ、風刺のあり方が緩やかなのも、ほっとするものを感じました。

「コンピュータ・フレンドリー」は、今読んでも充分読ませるネットワーク小説ですが、書かれた当時を思い起こすと、周囲より何歩も先んじた作品であっただろうことが、よくわかります。

「よくわかる」とはいえ、本書の作品群をきちんと理解するには、書かれた当時の社会情勢、そしてさらに政治的・文化的な基礎教養や常識などについての理解も必須で、そのためには、自分の知識はやはり随分足りないのではないか、と読みながら幾度も感じました。

「風刺」とは、主体を戯画化し、似て非なるものとしてあらわすことで、現実を外から見ようという試みです。「似ているけれど違う」ものなら、直視することが難しい問題でも、いくぶんかの距離を置いて、見ることができるかもしれない。

風刺は、視野狭窄に陥りがちな視点を、たとえるならレンズの焦点をズームからパンにするような意識の転換を要請するものですが、ガンの作品は、いずれもこのような視点の転換を持っています。

作品を取り巻く「現在」(あるいは、その当時「現在」だったかつての状況)についての理解が浅いため、到底、すべての警句を理解できてはいないと思うのですが、かろうじてわかる部分については、柔軟なユーモア、落ち着いた情緒、そしてタフネスを感じます。

表題作「遺す言葉」は、初邦訳の雑誌掲載時に読んでいましたが、今回の再読に当たっても、やはりとても印象深く感じました。この作品は、主体が自らについて語るのではなく、第三者が周辺から語っていくことで主体を再構成しています。もちろん、「時間の不可逆性」というSF的なテーマからみても非常に優れた作品ですが、別のアプローチを用いて「客観視」をとらえ直しているようにも思われました。

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