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2022年度 第22回Sense of Gender賞講評

福地健太郎(明治大学教授)

白川紺子『後宮の烏』全7巻〈集英社オレンジ文庫〉

いわゆるライトノベル系の文庫作品なので、ハイ・ファンタジー作品ではないのだろう、という評者の先入観は徹底的に裏切られ、巻が進むにつれて叙事詩的壮大さがグイグイと拡大していく快感を存分に味わうことができた。一方で、コバルト文庫から派生したレーベルということで、これまた評者の先入観から登場人物どうしの恋愛描写の多さを予想していたのだが、これもよい意味で裏切られた。ジャンル作品だと主人公がジェンダー規範に忠実か、あるいはそれを裏返すことを特徴としていていることが多く、もちろんそれで評価を下げる訳ではないがせっかく異世界での冒険を読むのであれば、普段の我々が慣らされてしまっている規範/反規範をも異化するようなものを読みたいと評者は思っているので、本作の主人公・寿雪の、規範にも反規範にも傾かない中性的な描写はとても清々しく感じた。物語の最後で寿雪は後宮から解き放たれ、一方で後宮の主たる皇帝・高峻は、はじめの内は『紅楼夢』の舞台・大観園もかくやというほど広大に思えたものの、壮大な作中世界の中では実はちっぽけな存在でしかなかった宮廷にとどまらざるをえないという対比によって、主人公の人物造形がいっそう引き立てられており、読後感を深いものにしている。

映画『PLAN75』早川千絵監督作品

題材そのものは昔から何度も語られてきたものではあるが、安楽死を〈自ら〉選択するように追い込まれていく老人の日常を、ドキュメンタリー的に切り取っていく演出が新鮮だった。切り取られた一つ一つの場面は、いまの我々の社会でも見られるようなごく普通の光景であることが怖い。映像が見事で、どの場面も照明・色彩が美しく、主演の倍賞千恵子の上品な佇まいとあいまって、画面内の社会状況の悪さを感じさせないのが、かえって後味の悪さを増しているように感じた。作品としては、まだまだ語られていない空白があるように思うので、TVシリーズや、いっそのことシリアスゲームのような形でこの世界を、そして我々の住むこの世界を、描き出してくれないだろうか。

松崎有理『シュレーディンガーの少女』〈創元SF文庫〉

短編集ということでどの作品に言及するか迷うところだが、「ペンローズの乙女」が中でも面白く感じた。ブラックホールからエネルギーを取り出すアイデア自体はよく使われるギミックだが、それと宇宙の終焉とを結びつけて紡がれたイメージが素晴しい。そこから情報を取り出すトリックはぼかされているが、最後の生命体が在りし日の地球の姿を読み出していくところは、評者の勝手な感傷ではあるが、グレッグ・ベア「ジャッジメント・エンジン」で描かれた、宇宙終焉の際の美しい情景描写を思い起こす。そして生命体が読み出そうとしていたのは、環境破壊の進みつつある地球上での、ある少女の自己犠牲の場面である。破滅しつつある世界と少女の自己犠牲という組み合わせは、SOG賞候補作にはふさわしくない古臭さを感じるかもしれないが、自らを「乙女」と定めた最終生命体達の、ブラックホールへと吸い込まれていく哀しき自己犠牲の連なりは、そうした古臭くも繰り返されたイメージをまとめて描き出しているのかもしれない。

高野史緒『カラマーゾフの兄妹 オリジナルバージョン』〈盛林堂ミステリアス文庫〉

江戸川乱歩賞受賞作『カラマーゾフの妹』は、元はもっとSF色の強い作品だったものが版元の意向で弱められたものだった、そのオリジナルバージョンが出版された…というその経緯自体がドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』の続編という本作の設定とつながるように思え、本文に目を通す前から本作には注目していた。復活した箇所の中には、オカルト要素の加わったニューウェーブSFあるいはフェミニストSFともとれるような展開が含まれており、読後に感じる、いかに普段の自分には、見えているべきものが見えていなかったのか、という怖さはティプトリーの作品を思わせる。

なお、今回特別に送られた「SF初志貫徹賞」の受賞コメントとして作者より、実は版元からは、前述の箇所はおろか、階差機関のプログラマであったエイダについても削除の打診があったことが明かされた。そうなれば作者が続けて述べているようにいよいよ本作は「男たちのミステリ」に堕していたであろうことを思うと、なおさら本作を表彰できたことを嬉しく感じる。あらためて作者の高野史緒氏およびオリジナルバージョンの出版を手がけた書肆盛林堂に敬意を表したい。

菅野文『薔薇王の葬列』全17巻〈秋田書店プリンセス・コミックス〉

今回、他の候補作のいずれにも、心底嫌いになれるような嫌なキャラクターがほとんど登場しなかったのだが、本作には気持ちよいほどの悪役が揃っており、エンタテインメント作品として存分に楽しむことができた。その悪どさもバリエーションが豊富であり、読者は誰もが、自分好みの悪役を見付けられるのではないだろうか。欲を言うなら、女性側の悪のバリエーションがもう少し多ければよりバランスがとれたのではないかと感じた。漫画としては、シェイクスピアの『リチャード三世』を踏襲しつつも、薔薇戦争のややこしい背景描写を補い、かつオリジナル要素として主人公であるリチャード三世の肉体を軸にした複雑な人間関係を盛り込むという難事を、驚くほどスムーズに読める作品に仕上げており、ベテラン作家の力量を感じた。

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