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2022年度 第22回Sense of Gender賞講評

久米依子(日本大学文理学部教授)

松崎有理『シュレーディンガーの少女』〈創元SF文庫〉

SF系女性物語がテンコ盛り! これでもか、と繰り出される各編の、趣向を凝らした設定、キャラクター、オチの数々。次はどんな世界に連れていかれるのかと、ページをめくる手がワクワクしました。各編の女性たちの輝き、カッコ良さもハンパありません。ワンダーランドに招待してくれる、贅沢なアソート感あふれる1冊です。

でもチョットだけ、もっとジェンダーの枠組みをパッカーンと割ってくれるような物語も読んでみたい。松崎氏ならソコヘ踏みだせるに違いない、と信じています。

菅野文『薔薇王の葬列』全17巻〈秋田書店プリンセス・コミックス〉

シェイクスピア劇で有名なリチャード三世のスティグマを大胆に描き替えた、新たなダークヒーロー(ヒロイン?)による、哀愁に満ちた壮大なストーリー。歴史的事実をよく調べた上で、キャラクターを自在に造形する、その力量に感服です。日本の少女マンガの底知れぬパワーを感じさせる逸品がまた誕生しました。

だけど、可哀想なリチャード、そんなに自分を卑下しなくても良かったのに。運命を逆手にとって、ミソジニーなんか蹴散らして、かつての「リボンの騎士」のように颯爽とふるまってくれても良かったのに。

映画『PLAN75』早川千絵監督作品

倍賞千恵子さんが憂いを帯びた表情で、この国の行く末を見つめている……。女性監督ならではのラディカルな告発。忘れられない、忘れてはいけないシーンがいくつもありました。ひそやかに命を閉じていく高齢者たち。それに手を貸すことでしか、優しさを示せない若者たち。傍らで、そっと日本人を助けてくれる、思いやり深い、外国人の働き手さん。

いやいやいや、誰もが現状に対しもっと声を、もっと大きな叫び声を上げるべきなのかもしれません。ラストの美しい朝をどう意味づけるか、私たち自身が問われていると思いました。

高野史緒『カラマーゾフの兄妹 オリジナルバージョン』〈盛林堂ミステリアス文庫〉

ともかく読みやすい! 文豪の偉大な小説に対峙して臆することなく、軽いフットワークで鮮やかに駆け抜ける文体。そして瞠目するような仕掛けをあちこちに施し、読者を快く揺さぶります。この手法で、ぜひ日本の名作にも挑んで欲しい。

しかも今回は、作者渾身のSF魂の発揮ぶりが、スゴすぎました。この時代に「初志貫徹」をやり遂げたという快挙です。さまざまな点で勇気をもらえる、記念碑的な作品だと思います。

白川紺子『後宮の烏』全7巻〈集英社オレンジ文庫〉

栄えある大賞受賞、おめでとうございます! オレンジ文庫という新レーベルで、女性向け物語の新たな可能性を示してくれた長編です。少女小説における「後宮もの」といえば、王族や貴族の貴公子と結ばれる、身分違いのけなげな女子の恋物語。でも『後宮の烏』では、主人公寿雪と若き皇帝高峻は、互いを尊重し理解を深めながら、男女として結ばれることはありません。彼らの間にあったのは、あくまで友情。そして「帝の前でひざまずくことのない」、凜とした寿雪の周りには、シスターフッドを感じさせる後宮の女性たちや、過去を乗り越えて生きる宦官の青年たちが集います。宦官という、悲劇の人物に描かれがちな存在を、個性と深みのあるキャラクターに描いた点も感心しました。いにしえの中華風ファンタジーでありながら、現代のアセクシュアルの問題にも示唆を与えています。

後宮の中で、烏妃である寿雪は、後悔や未練に縛られて幽鬼を出現させてしまう人々の辛い情念を解きほぐし、自らの〈籠の鳥〉状態も変えていきます。物語の終幕にはSF・神話的なスケールの大きさで、世界の様相まで一変。依頼人と自分の人生、そして世界をも刷新に導く寿雪のあり方と、従来の恋物語の型やセクシュアリティ表現を脱した「後宮もの」小説が成立する様子が、パラレルに見えました。完結までを見守った、読者諸姉の多大なる貢献も見逃せないところです。

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