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2018年度 第18回Sense of Gender賞 講評

八代嘉美(幹細胞生物学者)

正直に言えば、最初に手にとった『徴産制』への第一印象は最悪だった。なぜ男性が「性転換」してまで、こどもをつくらなければいけないのか、全く入って来ない。伝染病の流行による特殊な条件だからといって、脳のつくりまで女性化しなければいけない理由がわからない。そんなにかんたんに身体を、そして精神までを女性化する技術があるのならば、人工子宮なり、男性のままで生殖器官を追加するなりの技術のほうがよほど容易のはずだ。そこまでして女性の身体性を、そしてその身体性から生まれる社会からの不利益を呪わなければならないのか。そこで思考が止まってしまうからだった。

しかし、章ごとに立ち現れる主人公たちは、生得の性、身体を奪われ、強制的に新たな生理現象をつきつけられる。そして、自ら属してきた「あるべき姿」からときはなたれ、新たな世界を知る。彼ら(彼女ら)は困惑に煩悶し、あるいはその有り様を受容し、新しい価値観を生きていく。その姿は、この設定なくしては成立しない実験場だ。翻ってみれば、評者が抱いた最悪な印象こそ、まさに自覚しないバイアスを暴き立てられた逆上であり、自らが「徴」されることへの恐怖の叫びであり、それを現出させた恐るべき舞台装置であったといえよう。評者はまんまとしてやられたのである。

実は私が推したのは、『ヨメヌスビト』である。どうせ「産む」ということに人間を「徴」するのであれば、偶然攫うべき対象を間違えてしまったアクシデントと、そこから生まれた愛の姿や、新しく闇が啓かれていくさまを読ませてくれたほうが、よほど楽しいと思ったからだ。マッチョの象徴としての自衛隊員男性をヒロインに据え、産むことを強要する隠れ里へと攫われることからはじまり、最後は愛によって封建的な制度は破壊される。

ベテランBL作家が描くそれは「あるべき姿」に対する強烈な反抗でありながらも、あくまで可愛くポップで、ギャグも織り交ぜながらテンポよく読みすすめることができる。その心地よくも、固定観念を翻弄してくれる読書体験から、こちらを推した。残念ながら本作はSOG賞ではなかったが、作中に登場する主人公カップルの微笑ましさ、可憐さから「ベストカップル賞」という特別賞が付与されることになった。ある意味では、この作品と『徴産制』は対になった作品であり、本年度のSOG賞を表すベストカップルであるとも言える。

今回選からは漏れたが、他に候補として推薦された作品たちは、どれも水準の高いものだった。『オブジェクタム』は非の打ち所がない読書体験であった。静吉じいちゃんと主人公の秘密の日常の断片と、本当にあったかもわからないような祝祭の結末。団地の中で深く静かに進行する格差の結果としての、ほのかににじみ出る昏い日常。それらが混然としつつ、淡々とした筆の運びは、あたかも日本版マジックリアリズムともいうべき心地よい世界であった。

『歌人紫宮透の短くはるかな生涯』は、サブカルチャーファンにとっては、ごちそうとすらいえるものだ。仮想の歌人の歌集に解釈が連なるというメタフィクション的な設えにニヤリとさせられ、舞台となる80年代の東京のカルチャーシーンの実感あふれる描写は、遠く愛知県から見ていた者にとっては、地理的(と世代的なものもある…小学生ではどう背伸びをしたって無理だ)な遠さを超えて、その眩しい世界を追体験させてくれる。バブル期、現在のところ日本で最後の文化的爛熟期只中のきらびやかな青春は、性を含めたさまざまな価値観が多様化し、すべてが豊かになっていくように思わせる。しかし結末は、多様化の果てに訪れる大きな物語の終焉と、暗く長い闇を予感させる。

『名もなき王国』もまた文芸に取り込まれてしまった小説家たちの物語であった。小説の周辺に絡みつくさまざまなエピソードは千変万化、ある意味奇想天外とでもいうべき内容であるが、なぜかそれはうつろで、黄昏とでもいうべき赤銅色の色彩の世界である。それは、この作品のコアとなった作家が住む「王国」の空虚さとでも重なるものなのだろう。そして、その空虚さはその結末へと結びつくのである。

合評会で、ある審査委員から出た印象の深い一言がある。その一言をもって本稿の結びとしたい。「いまだって徴産制だよね。わたしたちは別に産めと言われてきたわけじゃないのに、ある日突然突然「産め」「産んで当然」って言われるんだもの」。

2018年度 第18回Sense of Gender賞 最終選考委員の講評

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