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2016年度 第16回Sense of Gender賞 講評

茅野裕城子(作家)

川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』は、群像に連載されていたときに、断片的に読んでいて、ひとつひとつが頭の中で繋がってはいなかったのですが、それでも、毎回伝わってくる静かなさみしさのようなものが、きらいではなくて、ときどき、そこへ戻っていきたくなるような世界なのです。今回、ぜんぶを通して読み直し、そこに、さらさらと流れているのは、仏教でいうなら大悲(=コンパッションでよいのかな?)のようなものかな、とおもいました。

白井弓子『WOMBS』全5巻は、SFをほとんど読まないし、ジェンダーにも疎い(審査員落第ですね)わたしには、今回、もっとも難しい作品でした。恥ずかしながら、みなさんに説明していただいて、やっと全貌が理解できたという感じです。この作品のなかの妊娠(厳密には妊娠じゃないけど)は、結果(出産)でなく、孕んでいる状態が大事なわけで、そこの部分は、一度でも妊娠を経験した人間には興味深いところ。なにかの異物と共存しているようなその状態のなかで、自分というものが、それ以前とは、あきらかに変質している、異化している実感があり、そこから戻って来られるのかという不安もあるわけで、それがつまり座標空間なのかもしれない、ともおもいましたが、その奥の奥の部分まで、わたしには読み切れなかったようです、すみません。

須賀しのぶ『くれなゐの紐』は、わくわくしながら読みました。1923年 夏の浅草、六区を牛耳る少女たちのギャング団、故あってそこに入り込んでしまう少年。女の格好をして、出来たばかりの丸ビルでタイピストの勉強。わたしの大好きな雑誌「新青年」や江戸川乱歩、はたまた中井英夫の浅草をも連想させるような設定です。ひと夏、恐ろしいほどの経験をして故郷に戻っていく主人公が、ふたつのジェンダーの間を行き来しながら考えた事、そして、これからの自分ができることはなんなのか、思い巡らすラストが素敵でした。

草野原々「最後にして最初のアイドル」は、わたしがはじめて携帯のKindleで読んだ小説です。今までは、KindleでもiPadの大きな画面で本みたいな感じで読んでいたのですが(といっても現物が手に入らない英語の小説とかですが)今回は,時間もなかったし、移動中に携帯で。その小さな画面の小さな文字が、ばしばしととんでもない世界を……。新鮮でした。これが映像だったら絶えられないだろうというものでも、文字で淡々と畳み込むように表現されていることで、逆に、そこにのめり込んでいくことができました。状況説明だけみたいな、レジュメみたいな、この書き方、この勢いのある一筆書きのようなものに、一票をいれました!

『この世界の片隅に』はロードショーの時に映画は観ていましたが、原作のほうは、今回はじめて読みました。しっかりと描き込まれた戦時下での普通のひとたちの暮らしのディテールは、戦争というものを具体的にイメージできない若い世代の子どもたちにも、ぜひ読んでみてほしいものですね。戦争の全体を把握するということは、とても難しいけれど、その大きな生き物の声や、息づかいだけが、日々の暮らしにだんだんと忍び寄ってきて、ついにはすべてを覆い尽くしてしまうところが圧巻です。

映画を作るときの、当時の古い写真や人々の証言をもとにした、街の風景や人々の様子のマニアックなまでの再現に関する監督のインタヴューをみましたが、漫画の世界が,短い時間のなかに、可能な限り丁寧に再現されていることにも驚かされました。クラウド・ファンディングという方式も含め、伝えたいことの力が、ゆっくりとものごとを動かしていった貴重な作品だとおもいました。

2016年度 第16回Sense of Gender賞 最終選考委員の講評

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