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2015年度 第15回Sense of Gender賞 講評

leemin(ジェンダーSF研究会会員、SFダンスユニットメンバー)

今回は奇しくも妊娠・出産にまつわる作品が候補作に揃い、それぞれの切り口の違いを楽しみながらの選考となりました。

思いもかけない流れで大賞が決定となった経緯は、言葉では尽くせない、言葉だけでは表せない思いが渦巻き、貴重な体験でした。新たなる幕開け明けを感じる結果に、今後の展開が期待されます。

大賞となった『オメガバース現象』とは、もともとは海外で発生したBLでの特殊設定から、日本のBL界でも一大ジャンルが成立しているというもの。オメガバースの世界観に触れたのは初めてで最初は戸惑いましたが、読み進むうち、とてもよく考え抜かれていると感じました。

基本的には、男女の性別以外にα、β、Ωという6つの性別が存在し、誰もが妊娠可能な世界です。能力が高く、リーダースキルやカリスマ性をもつα、ごく一般的な人間であるβ、発情期があり、繁殖のための性として社会的地位の低いΩ、Ωはαを惹きつける特殊なフェロモンを発するなどの基本設定以外は、書き手によって自由度があるのも評価できます。

yoha『さよなら恋人、またきて友だち』は、純愛BLコミックとして、オメガバースの設定をうまく生かした上で、深みのある物語でした。

Ωのカナエがすべてのクラスメイトから性的な対象として見られてしまうというくだりは、まさしく性差に基づく支配にほかならず、抗いながらもそこでしか生きていけない歯がゆさに共感を覚えました。Ωはこういうものだ、という決めつけに反発したい心とそれを裏切る本能、言うことを聞かない体。社会システムと体のつくりが合っていないが故の摩擦。それは女性がずっと味わってきた、女とはこういうものだ、女の体はこうなっている、という視線を思い起こさせます。BL作品を通して、ジェンダーマイノリティについて考えさせるという点が、とても興味深いです。

クラス全員から追いつめられたカナエの叫び「Ωとしてでなく、一人の人間として好きになってもらおうとしたっていいじゃないか」には涙が出そうになりました。男の子同士の恋愛、好きな人の子供を妊娠できる、運命の番などなど、BLの夢をぎっしりつめた中に、女性が抱いているルサンチマンを受け止め、こういった世界もあるよ、と示してくれている優しさが感じられました。

オメガバースの世界は、さまざまな可能性を秘めていると思います。

オメガバースが、BLの枠を飛び出したら?

選考会ではその可能性について、多くの意見が飛び交いました。

6つの性の中には、男性を妊娠させることのできるα女性もいます。男女のみならず、女性同士の交流も、どのように変わっていくのでしょう?

ル・グイン『闇の左手』や鈴木いづみ『女と女の世の中』など、先駆的な作品についての懐かしい考察も飛び出し、SFの一ジャンルとして、オメガバースの世界観で様々な作品を読みたいという熱気が会場に充満しました。

夢や愛だけでなく、ジェンダー、階級社会、差別などの問題に踏み込んだ、今までにない物語が生まれるのでは?
思っただけでわくわくし、妄想力が刺激されます。

オメガバース。BLだけではもったいない。

オメガバースのこれからが楽しみです。

村田沙耶香『消滅世界』

現代日本の極端な清潔志向、人と触れあるのが嫌、恋愛が面倒くさい、セックスレス夫婦、草食男子などが行きついた先、という感があり、こういうこと、あるかもね、と納得させられる不気味さが秀逸でした。

性と生殖が切り離され、恋もセックスも必要なくなり、家族さえ解体されてしまった〈楽園〉では、男性も人工子宮で出産が可能になり、すべての大人がおかあさんと呼ばれる産む性です。一見、差別がないように見える新たなジェンダーの価値観が生まれています。 

『さよなら恋人 またきて友だち』では体のつくりが社会システムに合わない葛藤がテーマの一つでしたが、この作品では、社会変化に合わせてヒトの体や心がどんどん変わってゆく恐ろしさが描かれています。過剰適応した主人公が自分を取り戻そうとしたラストは衝撃的でした。

SFになじみがない読者にも広く読まれたことは素晴らしい功績だと思います。

性差というものがどんどんなくなってゆき、単なる体の構造の違いだけ、それも科学の力で解決されてゆく、それが人類の進化だ、これからも人類は変わってゆくだろう、という観点は、もう一つの作品にもありました。

倉田タカシ『母になる、石の礫で』

3Dプリンタが進化した未来。なんでも出力できるプリンタを“母”と呼び、自ら母になりたいと願う虹。彼と仲間たちは、アステロイドベルトに作られたコロニーで、母によって産み出された新しい人類創造への試作品。テクノロジーで生命を操り、人体を改造する。ギブスン、スターリングの登場からおよそ30年、と思うと感慨深いものがあります。

規制の多い地球から脱出してきた“始祖”と呼ばれるマッドサイエンティストたち、先進の思想を語る彼らが旧世代然としているのが面白い。彼らの計画で産み出された虹たちは、遺伝子上の性別にとらわれず、ジェンダーからも自由です。機械的構造の体に脳を納めた始祖たちのほうが自らのセクシャリティ(男性)に拘っている点が気になりました。男性にはすんなりと読めてしまうのでしょうか。

母とは出力機械の呼び名であり、やがてその名も消えて行く。それでも自ら何かを生み出したいという虹の思いは残り、切なく伝わります。

長く音信が途絶えている地球からの謎のコンタクトが不気味さ満点で、さまざまな母を使った戦闘は手に汗握る展開です。SF的なガジェットが満載で、とても楽しめました。

蔓沢つた子『好物はいちばんさいごに腹のなか』

猫から進化した人類が男女とも妊娠できるようにさらに進化した世界を描くBLコミック。相手をフェロモンで誘うというあたりは、オメガバースの系譜に連なる気もします。BLコミックなのでオス型猫人間しか出てきません。オスでも産んだ子供からは「母さん」と言われます。BL設定でなければ、オスの母さん、メスの母さん、オスの父さん、メスの父さんがいることになり、混乱しがちなところ。

ジェンダー的に見れば、これはという相手がいるときに自らフェロモンを出して誘うことができる、と選択権は産みたい側にあるようですが、相手にフェロモンが効くかどうかはわからない。産ませたい側からは、ひたすら相手がその気になるよう仕向けるしかないという、対等な関係がつくれるのが微笑ましかったです。BL的にハードな描写もありますが、しっぽの動きで細かな感情表現をするなど、心くすぐる描写も。

長谷川愛:(Im)possible baby

二人の女性の遺伝子を解析し、できうる子どもの姿をシミュレーションするアート。同性のカップルが子どもを持ちたいという願いは、同性間生殖が近い将来に可能になるという現在において見果てぬ夢ではなくなりつつあります。それに先駆けての画期的な試みと思いました。

生殖というものが様々な手段で行われることに、希望の光を見出す人も多いでしょう。それでもこの問題は手放しで可能となる未来を称賛するだけでよいのか、という疑問を投げかけます。社会システムや心の問題、倫理。多くの人々で、議論を尽くさねばならない。そこに生まれるのは「人を幸せにする技術」であることを願ってやみません。

2015年度 第15回Sense of Gender賞 最終選考委員の講評

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