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2010年度 第10回Sense of Gender賞 話題賞

話題賞 籘真千歳『スワロウテイル人工少女販売処』(ハヤカワ文庫JA)

受賞の言葉

この度は、拙著『スワロウテイル人工少女販売処』がSense of Gender賞の話題賞を授かりましたこと、まことに光栄で、恐縮いたしますと同時に、執筆当時はまだ著作が一冊のみであった私こと籘真千歳にご温情を賜り本書の出版にご尽力くださった早川書房様と、海の物とも山の物も知れぬ作者のこの本をお手に取られて多くのご声援をくださった読者の皆様と、ともに受賞の喜びを分かち合いたいと心より思います。
 ジェンダー論については、大学時代の一般教養の講義で取り上げられて関心を持ち、毎週の講義を他のどの講義より楽しみにしていたのをよく覚えています。男性と女性との間に纏わる事柄は、これからも長く人類の関心の中心にあるのでしょう。今の私にとってもとても興味深い分野です。
 この『スワロウテイル人工少女販売処』は、人工の島にある、未来の先進都市が舞台の物語です。この舞台を私がご用意しましたのは、人がどのような生き物であるのか、どうした生き方が(色々な意味で)「よい」のか、たくさんの読者の皆様も巻き込んで、一緒に考えてみたいという気持ちが、強く、長らく私の心の奥にあったからです。
 生きていくことは綺麗事だけではすまないものだということは、おそらく私のみならず、多くの方に共通する「世界への感想」だと思います。ただ、そうした感想の中にはいくつか、幼い頃からずっと疑問に思っていることがいくつかございます。
 その中に、「食べていくためにはしかたない」、「(家族を)食わせていくにはしかたない」という、ごく有り触れた言葉がございます。おそらく、社会に潜在する多くの些末な悪事の多くが、この観念を元にして正当化され、有耶無耶にされているのでしょう。
 もちろん、いち物書きに過ぎない私が、この社会通念に対して声高に異議を唱えるつもりは微塵もありません。しかしながら、この言葉がもし、自分の起こした悪事が自分の意思による選択ではなく、社会からの抗えない強制によるものだという、責任転嫁をする口実になっているのなら、とても悲しいことだと思うのです。憤りや怒りではなく、ただただ、悲しいことだと思います。
 なぜならそれは、この社会では自分の人生を自分の意思と力で歩むことなど夢まぼろしに過ぎないと、多くの人が諦めている証だと思うからです。悪いことを自分がしたのは社会のせい、悪事は環境のせい。そんな気持ちの片付け方は、ひととき人の自責の痛みを和らげることはできても、今の痛みを後々に先送りしていることに過ぎないはず。いつかふと人生を振り返ったとき、なにひとつ自分で選びとっていない自分の今日までの道のりに気づいて、それでも人は幸せを覚えることができるのでしょうか。満足したままいつか生を終えることができるのでしょうか。
 誰でも知っている、物の落下速度を割り出す公式は、空気の抵抗がないものとして仮定することで見つかります。科学に限らずどんな物事でも、まず可能な限り些末な外的要因をひとまず取り除き、ごくシンプルな法則を見出したあと、その法則をあらためて現実の複雑な環境に当てはめ、フィードバックして、はじめて適切な答えが導き出されます。それと同じことを、私は『スワロウテイル人工少女販売処』において、大きなテーマのひとつとして意識し、物語の中に織り込みました。
 食べていくための悪事が許され、それによって自分が本当はどのように生きたいのかわからなくなってしまい、その結果、いつまでも自分の人生に満足できないという難しい問題がこの世界にあるのなら、まずはごくシンプルな環境に人を置いてみよう。それがこの世界観を構築した理由の一つです。
 食べていくことに困らず、生活も健康も保証され、恋人にも困らない、家族も健やかである。そんな世界で、果たして人はどんな人生を選択するのでしょうか。自分の寿命の中で、人はどんな生き方をするのでしょうか。ここでは「食べていくためにはしかたない」という言い訳は一切通用しません。善事も悪事も、全て、人ひとりひとりの選択に委ねられ、その人の責任において行われます。死の直前に振り返ったとき、自分の人生は全て自分で選択してきた結果だという事実を目の当たりにすることになります。幸も不幸も、全て自分の責任で勝ち得たものだと、そう実感することになるでしょう。
 読者の皆様お一人お一人がそうした世界で見出すものは、忙しなく複雑な現実世界で見失ったまま過ごしてしまう、本当の成りたい自分や、やりたい物事や、満足できる生き方にとても近しいのではないかと信じて、私は筆を走らせました。
 男女別離の呪いという、物語の重要な背景もこれと同じです。男性だからしかたない、女性だからしかたない、男性にしかわからない、女性にしかわからない。いつの世も、男女の間に横たわる相互思慕と、それゆえに逃れえぬ不協和音。ジェンダーの狭間に顕著に表れる、幸せでありながら悲しい、二つの性で生まれる人間の運命に、一石を投じたいという思いをこめています。
 当事者間で解決の難しい問題には、第三者の冷静で率直で公平な意見が必要なときもあるだろうと、私は思います。しかし幸か不幸か、人間には男か女の二者しか存在しません。私たちが「男性は」「女性は」と人類の半分を一括りにして何かを語っている間は、いつまでも議論が噛み合わないのだろうと思います(もちろん、そこに創作の意味があるというご意見も大切です)。
 ですから、本書において私は人工妖精(フィギュア)という、人類の第三の性を想定し、まだ種として幼い彼と彼女たちから、人間の生き様への率直な感想と思いを引き出して、皆様にお届けし、皆様からのフィードバックを得てみたいと思いました。
 そのような考えでありましたので、この度、ジェンダーSF研究会の皆様から本作に話題賞を賜りましたことは、この本に込めた本意にかなう、ありがたい栄誉でありました。
 今後も、ぜひ日本中の皆様と熱く、真摯に、世界への私たちの在り方を語り合っていきたいと思います。単に作者から読者への一方的な物語の押しつけに終わることなく、読者様同士、あるいはそれ以外の方々とも、熱く語り合って作者の手を越えて広がり続ける物語をこれからも目指して参りますので、どうぞ末永くお付き合い頂きたくお願い申し上げます。

 最後に、言い訳のようになってしまいますが、私はあがり症で人見知りで口べた、誰かへあてた手紙を書くのも苦手と、絵に描いたような社会不適応であります。それでもやはり、人並みに誰かに思いを語りたいという欲求が私にもあったようで、きっとそのあたりの不器用な表出が、物語創作の原動力になっているのだろうと思います。
 直に会ってみるとしゃべりは辿々しいし、おどおどしているし、あるいは素っ気ないと感じられる方も少なくないことと思いますが、どうかお許しくださいませ。皆様から頂いたご声援やご厚意への感謝を言葉にできない分は、きっと物語の形でお返ししたく思います。
 それでも一言だけ、有り触れた言葉に、精一杯の感謝を込めまして。
 ありがとうございます。

籘真千歳

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