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2007年度 第7回Sense of Gender賞 講評

金田淳子(法政大学非常勤講師/ジェンダー論・やおい研究)

参上! ジェンダー戦隊クイア5(ファイブ)!!

 今年度のSOG賞は、最終候補5作品がそれぞれ、ファンタジー少女マンガ、ボーイズラブマンガ、ボーイズラブ小説、文学、大衆小説と、別々のジャンルからの刺客。SOG賞にはありがちな現象ながら、またもや異種格闘技戦になった。ということは、それぞれの得意とする得物も違えば、土台となるルールまでも異なるわけで、どの土俵で戦わせ、どの角度から見るかによって、評価が全く異なってくる。実際のところ、選者ごとに評価がはっきり分かれた。結果としては『犬身』が大賞になったわけだが、他作品(とくに特別賞2作品)が大賞になる可能性も十分にあった。

 今年度はそれに加えて、それぞれの作品がいっけん全く異なるように見えて、実は同じテーマを扱っており、表裏一体の作品であるように読める、という面白い現象が起こった。具体的には、『チキタ★GUGU』と『WELL』はともに、生きるためには他者に依存せざるを得ないという主題を、「他者を食う」という極限の形で扱っているし、また『WELL』・『犬身』・『スイート・ダイアリーズ』は全て、暴力とそれへの適応によって形成される、ある種の共依存的な性愛関係が主題のひとつとなっている。さらにクイアな性愛という主題は、『WELL』、『SEX PISTOLS』、『犬身』に共通して見られ、とくに後2者は人間という種の枠さえ超えたセクシュアリティを提言するものになっている。そういうわけで、あちらを立てればこちらも立てたい、という楽しい悩みが尽きなかった。

 それでも順位はつけなければならない。よって、私の立てた評価基準は、「その作品が属するとされるジャンル内で新しいことができているか」。異なるジャンルの作品どうしに直接戦闘させることを避けたわけである。そのうえで付けた順位は、上から『チキタ★GUGU』、『SEX PISTOLS』、『WELL』、『犬身』、『スイート・ダイアリーズ』である。(もちろん別の評価基準だと全く別の順位になるので、今回の最終結果に不服を唱えるものではない。)

…と、自分も順位をつけてみたけれども、今にして思えばこの5作品は、主題を少なからず共有し、センス・オブ・ジェンダーを問いかけているという意味で、本来は互いに戦わせるようなものではなく、むしろ、戦友や同志のようなものであろう。そう考えるとジャンルもバラバラ、作風もバラバラということは、ジェンダーSFを貪欲に求めてやまないわれわれにとって、何とも頼もしいことではないか。それぞれの強烈な個性をほとばしらせつつ、SOG賞という場に集ってくれたこの5作品を、「ジェンダー戦隊クイア5('08)」とでも名付けたいものだ。あるいは「YES! プリクイア5」と……すみません、調子に乗りました。要は戦隊ものと同じく、1つでもおいしいが、5つの作品を並べてみると、また新しい味わいが出てくるのだ。そういうわけで、便宜的に順位は決着したのだが、未読の方は、ぜひ選外となった作品も一読されたい。

『チキタ★GUGU』TONO

 まずこの作品が「ジェンダーSF」といえるのかどうか、が大きく評価の分かれ目になるところであろうが、私はジェンダーという問題系を大きくとらえ、非対称な関係(その最たるものである、食う/食われる)、また命の再生産、エコロジーにも広がるものと考え、チキタを「ジェンダーSF」に含まれるとした。

生きることは他者に依存することであり、その極限として「他者を食う/他者に食われる」という関係が生じるとき、他者との間にどのような関係をとり結べるのか?という、重厚な主題を正面から扱っている。ともすれば重苦しくなりそうなこの主題だが、少女マンガならではの、明るく軽妙な画面構成・絵柄、さらに「百年」や「無国籍的な世界設定」という、読者が親しみやすい設定の中に、うまく落とし込んでいる。

不老不死で万能の存在、ラー・ラム・デラムは、「百年」の過程で人間と親密な関係を取り結ぶことによって、自らを「捕食者」ではなく「加害者」として再定義する。彼(彼女)は悩み抜いた末、結末部において、他者によって介護されることが必要な、無力で醜い、死にゆく存在として生きなおすことを選ぶ。弱く生きることの権利が叫ばれる(逆に言えば、強く・美しくないと生きる資格がないというネオリベ的な言説が跋扈している)2008年ならではの着地点ではないだろうか。

ファンタジーというジャンルでは、不老不死のキャラクターが頻出する。『チキタ』でも登場するわけであるが、ここでは、不老不死をやみくもに否定するのでも讃美するのでなく、「生き続けることは、他者を食い続けること(他者に依存し続けること)」という、生物としてあたりまえの現実認識でしっかり土台を固め、最終的に不老不死とは対極にある、「弱く生きる」ことに着地する。不老不死という使い古された設定について、現実に足をつけて考え抜かれた稀有な作品の一つであるように思う。

また、「百年」という設定を立てながら、ここで描かれる二者関係は、恋愛という(少女マンガが決着しがちな)関係に決して囲い込まれず、むしろ恋愛ではない関係性が濃密に描かれている。クリップ&オルグという、二者のみに閉じすぎ、それゆえに悲劇を生んだ関係を一方に描きつつも、主人公たちが三者以上に開かれている関係であり、それゆえに「生きなおす」ことができたという物語は、少女マンガジャンルにおけるひとつの達成といえるのではないか。(転生後にチキタとラーは夫婦になるが、そのような対幻想が作品の主眼でないことは、夫婦の姿が描かれていないことからも明らかだと思われる。)

 タイトルが「一見さまお断り」という感じを漂わせているのだけが残念なのだが、この作品のファンになってしまうと、「チキタ・グーグー」という名前の響きの美しさたるや…もう、このタイトル以外ない!と思ってしまうのである。私の中では文句なく、ジェンダー戦隊のクイア・ゴールドである。

『SEX PISTOLS』寿たらこ

ジェンダーSFという枠を狭く見ると、『チキタ』よりも受賞条件に見合っているように思われるので、どちらを上位に置くか迷った。間違いなく、現在のボーイズラブマンガの中で、セクシュアル・フィクション(SF)の名に最もふさわしい作品である。BLといえば、「リアルらしさ」と「フィクションらしさ」との境界線の揺らぎを賭け金として成り立っているようなジャンルであるが、今年度のSOG賞候補に初めてBL作品が、それも本作品と『WELL』の2作が同時に挙げられたことは、BLジャンルにとっても、SOG賞にとっても快挙と言えよう。   

本作品の要となるのは「斑類」という設定であるが、これをSF(サイエンス・フィクション)として見たとき、(擬似)科学的に「ぬるい設定」なのかどうかというポイントで、評価が分かれそうだ。私の考えでは、(同人誌ジャンルの末期に亡霊のように必ず出現する結婚・出産ネタと同様に)確かに「ぬるい」ことを認めるが、BLというジャンルでは中高生の読者が理解できなければならないという難しい制約を受けるため、設定が大味にならざるを得ない、あるいは設定が大味であるほうが優れている、とさえ言えることを主張したい(設定の大味さは、逆に考えれば、使い勝手の良さでもある)。そのうえで、「男が妊娠・出産する」という、BLに必要とされない(BLに必要とされるのは男同士の恋愛とセックスのみ)要素を設定に組み込んでいることを、冒険的・生産的なものとして評価したい。
 
「斑類」の基本設定に関しては他にも、生殖ありきの恋愛、血統のための結婚、というお約束が時代に逆行しているようにも見える。しかし、そのような無理めの「ぬるい」設定によって「男の妊娠・出産」が可能になったことのほうを私は評価する。本作品には、BLでは好まれないポリガミーや、「女同士の間に生まれた子ども」までも登場するなど、BL(男同士)の枠内にとどまるまいとする意欲が感じられる。

また恋愛の描写においても評価が分かれそうなのは、「攻めキャラが本当は昔から受けキャラを好きだったけれども、素直になれず、互いにディスコミュニケーション」というパターンが頻出する点である。しかしこれも私見では、必ずしも欠点ではない。なぜなら、BLによらず恋愛・セックスを主題とするマンガにおいては、「その作家の十八番のパターン」が繰り返されがちである。つまり読者もそれを求めて読んでいるのであり、繰り返されるその定番にこそ作品の核心がある、というジャンル的な特性が見逃せないからである。このようなジャンル特性を加味すると、5巻において上述の定番が踏襲されなかったこと、また些末なことに見えるかもしれないが、本作品ではじめて、受けキャラが生々しい肉体を持った存在として(ヒゲなどを生やし、着実に老いながら!)成長していく様子が描かれたことは、冒険的といえる。個性豊かなカップルたちの、ツンデレ・ラブラブな恋模様がファンを魅了するこの作品、ジェンダー戦隊のクイア・ピンクを担ってもらいたい。

『WELL』木原音瀬

BLジャンルからの第二の刺客。

本作品をサバイバルホラーとして見ると、設定に無理があったり、書き足りないところがある、ということは否定できない(例えば、この災害が何だったのかということが明かされないで終わるのが凄い。むしろ潔い)。しかし本作品のジャンルはBL。むしろBLでこのような作品が描けたことを、ジャンルの成熟、また作家のチャレンジ精神としてたたえたい。 

「女性が絶滅」という問答無用の設定、さらにBLであるというジャンル的お約束によって、男性どうしの性交が描かれることは、無理めの展開に見えるかもしれない。しかし、世にあまたあるサバイバルホラー作品ではほぼ描かれることのない、「男性による男性への性的愛着」がホラーの主題となったことは評価してよいのではないか。(これがホモフォビアを召喚しそうな主題であることには気をつけるべきであるが。)

また、しのぶと亮介の関係は、「一方的な献身・愛情(しのぶ)は、一方的な使役・侮蔑(亮介)と同じように、暴力でしかない」という、「愛」の名のもとで行われる暴力の問題を実に雄弁に語っている。その意味では、男どうしに限るものではなく、より一般的なDV、共依存の関係をうまくホラーに編みこんである。

「HOPE」についてはその展開の「ベタさ」によって、「WELL」以上に評価が分かれるところだろう。しかし私の中では、「(遭難するなら)デパ地下より駅地下!」「(一緒に遭難するなら)田村一択」などの標語ができた。こういうバカ話ができる余地があるのも面白い。舞台設定の暗さと、バッドエンドのどん底感を讃え、ジェンダー戦隊のクイア・ブラックに推したい。

『犬身』松浦理英子

文学批評的に読解すると、候補作のなかで最も完成度が高いと思われる。「ドッグ・セクシュアリティ」という概念のクイアぶりは秀逸であり、逸脱的な性愛とうそぶいても結局は性器やその代替物に収束しがちな思考を、絶妙な角度に向けて吹き飛ばしてくれる。私としても「ネコを見ているだけで幸せ」という、ある種のキャット・セクシュアリティを持っている(そのことを本作品のおかげで確信した)ので、前半の主人公には共感するところが多かった。

それだけに後半の焦点が、近親間の性暴力・共依存関係に移行してしまったのが残念だった。前半と後半で別の作品のようにも見えるのは、長所なのかもしれないが、私としては、ドッグ・セクシュアリティを描き込んで欲しかった。バーのマスターを狂言まわしとして「クイア列伝」という感じのシリーズ化が実現したら面白いと思うのだが、ジャンル的に無理そう(?)なのが残念だ。
セクシュアリティの問題系に正面からとりくんだこの作品、ジェンダー戦隊では間違いなくクイア・レッドであろう。

『スイート・ダイアリーズ』須賀しのぶ

女性間の友情という古くて新しい主題を、三者三様の女性の道行きとクロスさせながら、サスペンス小説としてたくみに描写している。男性のホモソーシャルな関係と違い、女性のホモソーシャルな関係は、異性の所有(=男性嫌悪)を媒介として成立することが難しいと思われているが、あえて異性の所有による女性のホモソーシャル関係を描いている点に今日性が感じられる。さらに、女性間の友情からはじかれた有季が死ぬしかなかったという驚きの結末は、甘めに描かれがちな女性間の友情の残酷な側面をえぐりだしていて、鬱々たる展開ながら見事である。

ただし、秘密あるいは労働を媒介とする女性の親密な関係という主題は、大衆小説ジャンル(とくに女性作家による作品)ではさほど珍しくないものであるため、残念ながらこの評価となった。しかしジェンダー戦隊の一翼を担う作品であることは間違いない。さしずめ、シニカルな雰囲気を持つクイア・ブルーといったところか。

(以上)

最終選考委員の講評

2007年度 第7回Sense of Gender賞 最終選考委員の講評

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