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2003年度 第3回Sense of Gender賞 大賞

大賞 笙野頼子『水晶内制度』(新潮社)

受賞の言葉

 八月の初め、--。

 テクスチュアル・ハラスメントと戦った晴れやかな勇者小谷真理さんからふい にお電話を戴きました。三年前から、ジェンダーについて考えさせてくれたSF作品に与えられる、手作りの賞を始めたというお話でした、そう伺った時にすぐ、 あっ、と思い当たりました。

 文学賞を頂く時に見る神社関連の夢というのがあってニ、三日前、それを見て いたのでした。いつもはその神社の祭神が出てきたり、そこに参拝したりするパターンなのですが、今回は御社がドールハウスのように小さくなって、枕元に飛 んで来るという夢だったのです。その御社を二回拝みました。候補になった事も知らなかったけれど。

 お電話でお話して、男国家と戦う心意気の賞だと感激いたしました。

 多くの新聞時評で絶賛に近い評価を受けながらどこかで微妙にスルーされてし まった私の長編、「水晶内制度」、自分なりに代表作のひとつだと思うこの作品がフェミニズム的SFの読者に評価されたという事。ふと「神意」ということは言 葉が頭に浮かびました。

 「神意」などというと、なんだか神がかりの変な人のようですが、誤解しない でください。私はオカルトは敵だと思ってます。要は、心の問題です。夢は無意識のシュミレーションであり、本人の期待感。いわゆる予知夢などというものも あるとは思えない。ただ文学賞のたびに神社の夢を見て、神社に参拝したり祭神に接したりした時は賞を受ける、しかし鳥居をくぐって内側に入れない時は落ち る、あるいは候補を辞退するしかないので辞退してしまう、という事が高すぎる確率で起こり続けていました。

 以前に二度、ある女性限定の文学賞の候補を辞退した事もあるのでした。それ は、「私が取れば女性差別を助長するから」、という自分なりに真面目に考えた理由からです。無論ほかの方がとれば女性差別と戦うことになるケースも考えら れます。決して失礼にならぬよう配慮はしましたがいまだにあちこちで誤解されています。

 その辞退の時にはヤマトヒメ神社という伊勢の女神の神社の前まで来て、どうしても境内に入りたくない、という夢を見ました。

 子供の頃、もしかしたら、自分は本当は男であるかもしれないなどと感じてい たのでした。無論、今は女だと判っています。しかし世間で言う女とはなんだろ う、とも考えます。魂に性別はあるのだろうかとも。

 たまたま女性に生まれたというこの設定の中で、私には祈るしかない時がある のでした。それは仏と神の習合したような、つまりは近代以前にあるような素朴な祈りです。その中で「神意」という言い方をして、私は自分の納得の行く道を 不当に扱われたら戦うという態度を、保持しようとあがいてきたのでした。

 文学のことで自分に間違いがないか、もしやおかしな事をしているのではない か、そう感じた時、精神の中の厳しい存在に祈り、何度も問うようにしてきました。

 女性差別、ゲイ差別と戦うタイプの文学賞が(女性限定でなく)あればいいの にと、賞を仕切る人を説得しようとした事も私にはあります。そのときはうんうんと聞いて貰えたけれど、結局は叶えられませんでした。

 しかし小谷さんたちはそれを実現させた。彼女達は「神」であり「権現」であ ると言いたくもなります。この「神」のこの「権現」の、この「神意」のお守りを喜んで拝受いたします。 受賞作は、ポリネシア神話のフェミニズム的読解に挑戦したもので、世界全体の女性SF、というより女性文学の流れから見れば、日本でもいつかは誰かが手が けるだろうということが予想出来た内容です。神話解釈もロジックにのっとった自然なもので、他の国でもきっと同じパターンの作品が出て来るでしょう。でも 何とか一番先に書きたいものだと思って完成させました。

 もしかしたら他国で既に出ているかもしれません。しかしまた日本でこれを書 く事に意味があるのだとも思っています。というのも、日本とは歪められた国家神話を隠蔽しながらその神話によって運営されている男の国だからです。そして この作品の隠し味(でもないか激辛だし……)は、日本女性文学を黙殺するある種の男性評論家に対する皮肉、からかい、だから。

 柄谷行人氏は『日本近代文学の起源』の中で、近代文学の「私」がまるで木の 股から生まれたものであるかのように規定しています。しかし、私に言わせるとそれは視野が狭すぎます。なぜなら当時の国家とは、仏教と出雲を、そして女性 を隠蔽し抑圧し黙殺して成立したものだったからです。その黙殺の上に軽薄な論を立ててもそんな論は不毛なだけ、人畜無害のお飾りに過ぎないと思うのです。

 これを書き始める前、一部の人に対して確実に届く作品を書く、時代を越えて、越えてその一部に届ける、と私は新潮の人々に約束していました。

 最初は二百枚の予定でしたが、いつの間にか、思いもかけぬ長編になっていたのでした。出来上がってみると純文学SFの範疇に入っていました。

 その約束にふさわしい賞をありがとうございました。

 純文学とSFを繋ぐものは、切実な幻想、失われた神話、土俗の客観化、仏教的自我、国家への批判、そしてフェミニズムだと今のところ思っています。

 正賞は扇子に「ジェンダー」と書いたのを戴くのかと勝手に思っていたら、SF フェミニスト連合、真正SF読者の方から立派なトロフィーを賜るとの事。恐縮しつつも、心から楽しみにしております。

笙野頼子

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