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2001年度 第1回Sense of Gender賞講評

福本直美(〈JUNE〉編集委員)

1)『スカーレット・ウィザード』

本書の冒頭に目を通した時、おやおや、これはどこかで見た光景だという既視感におそわれた。舞台はうらぶれた星酒場、客たちは宇宙の無法者で、なかにひとり、孤独な風貌の長身の男がいる。裏社会では猛者として名高いその男が飲んでいるのは赤い酒だ。そして彼を誘惑するのは緋色の髪の魔女。主人公は男ではなく魔女のほうであり、彼はただふりまわされるばかりだ。--とくれば、そうC・L・ムーアの〈ノースウエスト・スミス〉シリーズの傑作「シャンブロウ」である。この〈スカーレット・ウィザード〉に接して、おおっ、こんなところにシャンブロウの再来が…とたいへん驚いた。しかも、本家シャンブロウの場合は魔力で男性の生気を吸い取るのであるが、本書では、赤毛の魔女ことジャスミンは暴力で男を押し倒し、赤ちゃんの素を得るのである。

第一巻でくりひろげられる押し倒し場面はまことにすばらしい。一九六センチで全身カミソリのような運動神経を持つ男をどうやって女の身で組み伏せられたかというと、ちゃんとできるのである。男は宇宙か遺族で逃げ足は速いのだが、肉弾戦の達人ではないらしい。いっぽう、ジャスミンは軍人あがりで素手の戦いにめっぽう強いのが決め手だった。そして、あまりの彼女の迫力に「無条件降伏宣言をせざる得なかった」男は泣く泣く体を奪われたものの、その後どうなったかといえば、彼の値うちは下がらない。彼女の配偶者になり、巻を重ねるごとに作中で大活躍し、充実した人生を送るのである。わたしは未だかつてこんな立派な強姦場面 を読んだことがない。茅田砂胡の魔女は、相手を幸せにするレイプをやってのける。このあたりが男とはことなる女の心意気であろうか。不可能を可能にしてみせたという意味で、本書はすぐれてSF的である。

また、第二巻では宇宙船救助に向かったジャスミンの愛用機にとんでもない故障が発生する。母艦にいる夫と元彼が力を合わせ、みごと彼女を救うのだが、この時ジャスミンは懐妊していて母子ともに体に負担がかかる。本書のように、この人しかこの任務をこなせないという優秀な航宙士(ジャスミンの場合は戦闘機乗りと呼んだほうがふさわしい)が、もし女性ならば、おなかが大きかったり月のさわりで頭が痛いとかあったりしても不思議ではなかろう。そういう人間が宙(そら)を飛ぶ可能性は考えられ得るのに、しかしなぜか今まで書かれたことはなかった。そんな状態の女性操縦士の体調はわるいに決まっているから、本人は頑張らにゃあかんし、彼女に好意あるいは仲間意識を持つ者は思わず手を貸したくなるだろう。こういった起きてもおかしくないトラブルとその対応--つまりは当たり前のはずのことが、初めて自然に書かれたという点で、〈スカーレット・ウィザード〉は画期的なのである。

ついでに言うなら、ここで描かれる妊婦を気遣う二人の男の愛情は感動的だけれど、それがちゃんと「大切な脇筋」の範疇におさまっていることがたいへん良いと思う。あくまで主筋は、ジャスミンの勇気と海賊の操縦技術と元彼の電算機修正能力が三位 一体になって危機を乗り切るところにあり、ゆえにスペース・オペラたり得ているといえよう。

全五巻プラス外伝からなる本書も、ラストで作者が本来はめざしていた大ロマンス様式で幕を閉じるのだが、不世出のヒロイン、ジャスミンはシャンブロウにばかり似ているわけではない。目の色がちがっていてシャンブロウは若草色、ジャスミンの瞳は金色に光る。金色の目で二十代後半の誇り高き無敵の女戦士と言えば、ムーアのもう一人のヒロインが思い浮かぶ。あのヒロニック・ファンタジイの家元〈ジョイリーのジレル〉の血もまた、「門」経由で、この二十一世紀の極東に咲いて散った大輪の花に注ぎこまれていたのかも知れない。

2)『星界の戦旗III 家族の食卓』

読んでいて気持ちのよいシリーズだ。帝国の王女ラフィールと成り上がり貴族のジントのコンビは、身分と性格が合致している。純血種のラフィールは支配者的性格だし、故郷を帝国の領地にされたジントは被征服民的性格である。そのせいか、どうもこの二人は人というより、この世界の位相を人の形であらわしているといった感がある。ラフィールは女の子でジントは男の子だが、べつに性別が入れ替わったとしてもどうってことないんじゃないかなと思うくらい、彼女と彼は立場そのものに見える。むろんそれがわるいということではなくて、人物より世界に重点がかれているからこSFらしい魅力に満ちているのだし、この主役コンビがそれぞれの立場のなかの善人であることが、いっそうこの作品を快いものにしている。なお、・に登場する自分勝手な流刑者アンガスンはきらいだ。

3)『天使禁猟区』

めまぐるしく各人が転生をくりかえす話なのでややこしいが、迫力がある。天界や魔界の者がこんな人間ぽい性格でいいのだろうかと思ったり、いや所詮、悪魔も神も人の想像の産物なのだから、これでいいじゃんという気もする。登場人物それぞれが役割を、まるで福を着替えるかのように替え変身してゆくのが面白い。天使服に悪魔服、男服に女服といった感じで着替えが行われるたびに、この世界の秩序が逆転あるいは混乱する。この無政府状態志向は、読む者をとまどわせもするが、同時に解放感をも与えスカッとさせる。

4)『AΩ』

飛行機事故の後始末の場面が、すごくエグかったので、もうこの本は伏せてしまおうかと思ったくらいだったが、ここまで読む者を気持ち悪がらせられるのはたいしたものである。卓抜な文章力だ。SFからホラーまでの領域にまたがっているというよりは、シリアスからユーモアまでの広範な領域を制している、秀作といえよう。「交接器をしっかりと咥え込んだ」など、意味不明だがエロティックな表現があるのも良かった。

5)『超・恋・愛』

うむむ。申し訳ないけどこの一冊はいささか取っ付きにくかったです。同じ作者の『銀河〒は”愛”を運ぶ』は大好きなんですが。本書はかなり作者の体温を感じさせる作風なので、たまたま読者のわたしの体と合わないのかも知れません。興味はないが分かる世界ではなく、興味はあるが分からない世界でした。なかでは「踏ミ越エテ」がついてゆきやすく、語り手に感情移入して読んでいたら、最後のほうで語り手と彼が○○同士だと知り、これはすなおに驚かされました。

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