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2010年度 第6回Sense of Gender賞 海外部門 大賞

大賞 バーナード・ベケット『創世の島』小野田 和子訳(早川書房)
Winners of the Sense of Gender Award in Translation 2010
Bernard Beckett, Genesis

大串尚代(慶應義塾大学文学部助手、ジェンダーSF研究会会員)

 21世紀末の「共和国」。選ばれしエリートのみが会員となる「アカデミー」入会の口頭試問がはじまった。審査するのは3名のアカデミー会員。審査をうけるのは、共和国における英雄とされるアダム・フォードをテーマにした論文を執筆した、アナクサマンドロス(アナックス)である。4時間にわたる口頭試問が始まり、試験管からの質問に答え、それによってアダム・フォードが何を見て、なにを感じたかについての考察をさらに深めるうちに、彼女はアダム・フォードという人物と同化していく自分に気づく。そのとき彼女はアダム・フォードについての研究の意義を再確認することになるのだった。だがしかし、口頭試問の最後の一時間に、彼女は衝撃的な事実を知ることとなる。

 ヤングアダルト向けに書かれたということもあって、この作品がいちばん読みやすく感じました。遺伝子による国家による人口管理、外部との交渉の排除など、馴染みやすいディストピア物語の設定で始まっているせいもあったと思います。しかしながら、本書の読了後に受けた衝撃はかなりのものでしたし、さまざまに連想が広がっていきました。

 ギリシャ哲学の定型であるダイアローグが、口頭試問というかなりぴりぴりした緊張感のある舞台に置き換えられていたため、展開はかなりスリリングでしたし、アナックスの答えにハラハラしている自分がいました。

 もしかしたら理解が間違っているかもしれませんが、本書で提示されるのは、有機性・無機性などに帰着する生物対機会といった二項対立ではなく、「思考」とは何か、「思考」するのは何か/誰か、といった問題であるように思われます。また思考の伝播や複製といった問題から、たとえ国家が外部との一切の接触を断ったとしても、その内部において必ず「アダム・フォード的異端分子」が生まれてきてしまう皮肉、繰り返しの中にある変異の問題が前景化されていると思いました。アートとアダムの対話においても、一見するところ機械か人間かといった(何をもって「人間」と見なすのか)問題ではなく、「ある“思考”が死にゆく身のアダムからアートに飛び移り、その“思考”が宿主のプログラムを整理し直していった。アダムとともにすごし、話し合い、感染性の思考をやりとりしてお互いに影響を及ぼすことによってアートはアダムになったのだ」(229-30頁)に表されるよう、どちらか一方が他方を創り出すのではなく、相互に「染」する思考のあり方を提示しています。しかし「共和国」にはその「感染性」が危険となり、それは排除されなくてはならない。このシステムは、本来であれば「共和国」の制度そのものを脅かすものになりえます。それゆえに「共和国」の裏の側面を知ってしまったアナックスの行方は、本書で描かれるとおりにならざるをえないのでしょう。

 オランウータンという動物の意味は…とか、イヴ(助けた女の子)の行方は…なども、さらに考察を深めたいトピックです。

おのうちみん(Webデザイナー、ジェンダーSF研究会会員)

 ラストでやられました。最初、見返しの説明と共和国の話の部分で、これは『ブルー・インフェリア』(紫堂恭子)か!? と思ったが、この作品はさらにその後の世界の話だった。アナックス達にも性別があるのだろうか? 彼女、彼とあるけどこの世界の成り立ちを考えたら性別は必要ないように思うが、一種の懐古感から、彼、彼女の人称代名詞が残っている状態なのかもしれない。

 ジェンダー的にはアンドロイドの自我=使役される作られたものの自我、ということで女性(manでないもの)の自我の可視化という読み方ができておもしろい。アダムとの対話(しかも始終自分を下に見ている相手との対話)によってアートが出来上がる、というのは2011年の『空の都の神々は』 と同じ構図が見えてくる。自我、あるいは意思というものは一人で出来上がるのではなく、相手との関わりから生まれてくるのものである。相手によって変化の方向が変わってくるので、二つの作品は結末も全く違うけれども。

 アダムという非常に魅力的なmanがずっとアートを機械として扱って、最後の最後に機械アートに出し抜かれ、それでもアートにミームという跡を残す、というのはなんかファムファタールに翻弄される男のようにみえてきた。

 共和国のなかでイブがどうなったのかが気になる。いろいろと不明点、気になる点がたくさんあるのだがそこがむしろこの本の良さで、想像力を刺激される。読んだ後に確実に何かを考える本で、レーベルとしてはヤングアダルトだけどむしろ大人にも読めといいたい。

 年が被って変則的な形になるけど、バーナード・ベケット『創世の島』は2011年N. K. ジェミシン『空の都の神々は』と併読本として進めたい。

小谷真理(SF&ファンタジー評論家)

 ニュージーランド作家バーナード・ベケットの第8番目の長編小説。 舞台は西暦2075年。ひとりの少女が、アカデミーへ入学するために、4時間にもわたる口頭試問を受けることになる。少女の名は、アナクシマンドロス(アナックス)。ストーリーは、三人の試験官とアナックスとのやりとりを中心にすすめられていく。

 彼らのやりとりからわかってくるのは、戦争、環境汚染、テロリズムの横行、疫病流行……およそ、最悪としか言いようのない出来事のてんこ盛りとなった地球上で、すでに人類は壊滅的な打撃を被っており、どうやら、少女らの住む辺境の孤島「エオアテロア」の共和国のみが、他国との交渉を断ち、国を閉ざすことによって、生きながらえているらしいという状況だ。

 この世界では、生き延びるために異物を選別し排除するシステムをとっており、その非情なシステムが、衝撃的なストーリーによって明らかにされる。いわば、ユートピアに内包された矛盾を暴きだすような展開なのである。

 具体的には、動物と人間とAIらの三つ巴の生命サバイバル戦略のお話が、蓋をあけてみると、サルと女性とサイボーグを排除するシステム探求の物語になっている。サバイバルに不可避な犠牲といった場合、そこにどのような性差観がどのように関わってくるのだろうか。ハラウェイの提唱するサイボーグ・フェミニズムを体現する作品と言ってもよい。

2010年度 海外部門 最終選考作品と講評

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