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2008年度 第4回Sense of Gender賞 海外部門 大賞

大賞 エレン・カシュナー『剣の名誉』井辻朱美訳(早川書房)
Winners of the Sense of Gender Award in Translation 2008
Ellen Kushner , The Privilege of the Sword

鈴木とりこ(ライター)

本作はカルト的な人気を誇る『剣の輪舞』から十八年後の物語だ。前作『輪舞』は、不世出の剣客リチャードことセント・ヴァイヤーと、彼の元に転がり込んだ身元不詳の美貌の学生アレクの恋模様を独特の世界観で描いた、女子向けサービスたっぷりの華麗な作品だ。貴族制に基づく「剣と名誉」的価値観の中、出自の異なる男性二人が、互いを侵害しない恋愛関係を築くさまは非常に魅力的で、ファンからは長く続編が待望されていた。しかし、作者のエレン・カシュナー自身が、安易に続編を書くことで、自己作品の模倣となることをおそれていたという(本作に先立ち、2007年に刊行された、本邦初訳の関連短編三本を含む『剣の輪舞 増補版』後書きによる)。だが、カシュナーの同性婚の相手でもある作家デリア・シャーマンとの共作『王と最後の魔術師』が刊行され、アレク達のその後についてもちらほらと言及されはじめる。本作『剣の名誉』は、この『王と最後の~』に登場するアレクの姪、トレモンテーヌ家のりりしい女公爵・キャザリンの、若き日の物語である。

アレクには妹があり、嫁ぎ先は田舎の弱小貴族であった。本作の主人公キャザリンは、アレクの姪っ子の少女である。やや世知辛い境遇でしっかりモノに育ったキャザリンは、そろそろ舞踏会デビューにあこがれるお年頃だが、実のところ夜遊び経験もなく、家族以外の男友達なんていたためしのない、純朴な田舎娘である。少しでも身分が高く、ハンサムな物件(お婿さん)をゲットしたいわ、などと頭でっかちに夢見ていたキャザリンだが、ある日突然「狂公爵」である叔父アレクが住む、トレモンテーヌ屋敷に呼び寄せられる。半年間、実家と手紙一通のやりとりすら許さない、と申し渡され、お屋敷でどんなドレスを着せてもらえるかしらと楽しみにしていたのに、与えられた衣服は生まれてはじめて着る男子用の乗馬服のみ。運動をしたこともなかったのに、剣の稽古で毎日しごかれ、持ち前の意地っ張りでがんばり抜くキャザリンだが、アレクの気まぐれに振り回されつつも、次第に貴族社会の中での立ち居地に目覚めていく……という、実にスポコン成長譚が本作である。見え隠れするアレクの、アレクらしくもちょっとねじれた心遣いも見所のひとつだ(といっても、芯の考えと、実際にやることがどうもバラバラというあたり、相変わらずのお茶目さんで、読み手の萌えツボをおさえたサービス満点ぶりが楽しめるのだが…)。

前述の『増補版』に収録された短編『死神という名前ではなかった剣客』が、おそらく本作『剣の名誉』の礎となっている。「リチャードとアレクの属する社会における女性の恵まれないあり方を二人が受け止め切れなかったことについて」書かれたという『死神~』は、ここでは詳細は省くが、未読のファンにはぜひチェックしていただきたい一作だ。『輪舞』では、剣の腕という明確な「力」を持ち、剣の道だけを見つめる武士道的でストイックな性格もあって、貴族社会のドロドロ等から一切無縁な純粋な存在であるリチャードに、アレクが強く惹かれる。(※ここで、アレクが安易に身分を棄てるといった種の、オールオアナッシング的展開にはならない点が、設定のリアルさ、面白さを支えていると思うがいかがだろうか。) では、男同士はいいとして、この封建的な社会において、女はどうなのか。色仕掛けでもなく、また男性の権力にも左右されず、自らのバランス感覚で生き抜くために、ではまず腕力が必要だ、というアレクの極端すぎる企ては、どのように痛快に働くだろうか。アレクとリチャードの気になるその後も含め、ファンの期待に大いにこたえる本作を、ぜひともお楽しみいただきたい。

2008年度 海外部門 最終選考作品と講評

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