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2006年度 第2回Sense of Gender賞 海外部門最終選考作品

アン・ハラム『リンドキストの箱舟』
野口 百合子訳〈文藝春秋〉
Ann Halam,SIBERIA

アン・ハラム『リンドキストの箱舟』

内容紹介(「BOOK」データベースより)

異常気象と乱獲によって野生動物がほぼ絶滅し、凍土と化した近未来の地球。人びとは都市のドームのなかにこもって暮らし、外にいるのは、収容所送りになった犯罪者や無法者だけ。そこをたった一人で旅する少女スロー。失われた野生動物を蘇らせる鍵となる不思議な生きもの、リンドキストの子どもたちを、太陽の輝く希望の都市へと運ぶのだ。厳しい寒さ、雪と氷、盗賊、そしてリンドキストを狙う者たちに行く手を阻まれるスロー。危機がおとずれるたびに、リンドキストが魔法のようにハリネズミ、ビーバー、トナカイなどに変身し、スローを救う。いつしかリンドキストとのあいだに芽生えた強い絆を信じて、スローは雪の荒野を駆け抜ける…。勇敢な少女と不思議な生きものたちが繰り広げる冒険ファンタジー。

鈴木とりこ(ジェンダーSF研究会会員、レビュアー)

『リンドキストの箱舟』を読んで

別れた母を求め、少女が寒い国をさすらう貴種流離譚で、構造的に昨年度の候補にあがったタニス・リー『ウルフ・タワー』も思い出しつつ、読みました。

幼い頃に、恵まれた裕福な都市世界から、荒涼たる辺境へとやってきた主人公の少女が、やがて「ロジータ」から「スロー」へと変わるくだりや、寂寞とした世界観などは、孤独な詩情に満ちており、とても魅力的で読み手を引き込みます。

世界の白く凍てつくような印象に対比される、遺伝子をのせた不思議なちいさな動物「リンドキスト」たち。

やわらかな毛皮に包まれた、体温の高い、小さくいとしい彼らは、物語中盤で明らかになるように、守護者のことを「細胞のレベル」で愛し、無条件に信じて懐いています。

彼らの「絆」は、慕わしい感情として、読者に強い憧れを抱かせるものです。とても素敵だと思います。

冒頭から中盤にかけて登場する、「ローズ」という名のクラスメイトの少女に、主人公・スローは、劣等感と、同時に優越感を感じます。相手の反目や害意を嗅ぎ取る反発、怖れ。さらに、自分は彼女のように、卑劣にもなれず、そしてある種の強さを得ることも決してできないだろうという奇妙な憧れ。

それらがすべてないまぜになり、そのような相手にあえて固い友情を結び、やがて裏切られることをわかっていつつ、しかし義理と操をたてる。この矛盾した感覚は、十代のころ自分が抱いていた、とげとげしく、孤独で、しかし甘美なナルシズム、自虐、諦観、感傷、そして残酷な正義感などを思い出させます。それらは渾然一体のもので、分離したり、取り出したりするとこわれてしまう、扱いにくいものですが、この作品の中で、固くひとつの形になっていて、手にとることができます。そしてそれは覚えのある、十分に理解できるものでした。

小動物たちのいとしさは、たとえば『黄金の羅針盤』に登場するダイモンという動物の形をした守護霊たちと同種の、抗いがたい魅力があります。

彼らの「発現」条件のくだりについて、神秘的な手段は魔法のようでとてもステキなのですが、そのあとの変化についてのくだりが、すべてが説明されていなくても構わないのですが、SFとして読むかどうかはともかく、いまひとつ、わたしにはよくわからない部分があり、やや読み足りなさを感じました。

また、主人公の少女や、ライバルの少女、動物たちの魅力に比べ、敵役や、旅の途中で出会う人物、そして母親像がややステレオタイプに感じられるのが惜しいように思いました。

とくに、母への愛慕があれほど描かれるにもかかわらず、再会後についての描写はわりと扱いが軽くなってしまう部分も、少し残念です。(昨年の候補作である『ウルフ・タワー』は、その点、とてもいいと思います)

日本語タイトルの『リンドキストの箱舟』もとても素敵だと思うのですが(素敵な意訳だと思います)、原題の『シベリア』は、なるほどなあと思いました。

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