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2005年度 第1回Sense of Gender賞 海外部門 候補作

アーシュラ・K・ル=グィン『なつかしく謎めいて』谷垣 暁美訳(河出書房新社)
Ursula Kroeber Le Guin , Changing planes

立花眞奈美(主婦)

 アーシュラ・ル・グインの「なつかしく謎めいて」は次元を越える技を手に入れた人類のいる時代、それによって色んな次元を旅する女性を描いています。
 フェミニストとしてまたSF作家ファンタジー作家として活躍するル・グインはいまや社会的格差を糾弾する旗手のようです。

 数年前に発表された「ゲド戦記」の続編の中で彼女は男性に対する痛烈な批判を描き出しました。
 社会の均衡を歌うアース・シーのおいてもっとも均衡を崩していたのは男性中心主義の魔法使いたちでした。
 そしてこの「なつかしく謎めいて」の中で彼女は男女格差だけではなく社会的格差も描いています。
 ル・グイン自身を投影したと思われる女性は暇(飛行場での待ち時間)をつぶすために各次元を訪れ、なかには何度も訪れる次元もあったり初めての次元もありますが、自分のいる次元との違いを目の当たりにします。冷静な観察者のような目で世界を書き表していきますが、それに対してなにがしかの行動を起こすということはありません。
 ただ、傍観者として観察するだけです。
 この本でル・グインは問題を提起しようとしているように見えまた実際に提起しています。
 そしてそれは「ゲド戦記」での男女性差から一歩進んで社会的格差にまでおよんでいます。

 しかし、登場人物は先に書いた通りそれに対して何も行動を起こしません。それは問題を解決するのは外からのものではなく自分たち自身が問題に気付かなければならないということでしょう。
 そのことも含めル・グインは私たち女性に対しても今ある問題を直視するように言われている気がします。

 が、傍観者であった登場人物はやがてその次元の海に飲み込まれていきます。
戻ったと思った次元はちょっとずれた世界でした。まるであきらめてしまったような終わりを迎えます。
 その先のことは私たち読者に投げられたわけです。(眞)

とりこ(レビュアー)

 この作品は、旅行記の体裁をとった、風変わりな連作短編集である。

 空港の待合所で飛行機を待つ人物が、空港の椅子から異次元世界へとテレポートする方法を発見する。このテレポートは、待合所のよどんだ空気、脂っこく胃にもたれる食事、窮屈な姿勢で何時間も飛行機を待ち、くたびれてうんざりした気分など、各種イライラの条件が組み合わさって発動するもので、コツさえつかめば誰にでも可能だという。
 原題は"Changing Planes"であり、飛行機(プレーン)の乗り換えと次元(プレーン)移動をかけたタイトルとなっている。

 ところで、「空港の待合室」という空間のもつ象徴的特異性について、かつて吉見俊哉『リアリティ・トランジット―情報消費社会の現在』(紀伊国屋書店/1996)にて、次のような指摘がなされている。

 「(エアポートの)トランジット・ゾーンとは、たんなるグローバルな移動の中継地点という以上に、それまでのネーションの準拠枠が緩み、異質なジェンダーやエスニシティ、階級などが流動性の中で重層的に交錯する非決定性の場なのである」(p22)
 
 同書では空港の待合室が具現化するさまざまな概念について、多くの社会学者(国内外を問わない)の指摘をひきながら、多角的な考察がなされている。
 やや単純化した説明になるが、たとえば空港の待合室とは個人のナショナリティ、アイデンティティをゆるがし、同時に強く意識させる空間ということになる。どこへでも接続可能だが、どこにたどりついたわけでもない。宙吊りのありようは様々な意味で示唆的な状態といえる。個人のアイディンティティ、文化的ボーダーを具現化する装置とも表現できる(「エアポートは任意のネーションの外部にあり、どこにも帰属しないゼロ地点である」(同書p21)等)。

 ル=グゥインの生み出した「シータ・ドゥリープ式空間転移法」は、初めて待合室でテレポートを行った女性の名に由来するそうだが、もちろんこれは物語におけるファンタジーの装置である。
 しかし、読み進めばこの連作がアイデンティティ、文化的ボーダーの視点に非常に意識的であり、それらを巧みにふまえた上で軽やかに紡がれる風刺的、寓話的物語群であることは明白である。

 得意な象徴的空間である空港の待合室を、文字通りファンタジー空間への出入り口と転化してしまう、これは社会学、文化人類学に意識的なル=グウィンによる確信犯的な茶目っ気だろうか。それとも、ル=グウィンの鋭敏で類稀なセンスが、まさにこの空間を選ばせたものであろうか。

 さて、『なつかしく謎めいて』という邦題にも端的だが、この作品ではどこか懐かしい雰囲気の異世界がゆっくりと語られていく。蹄や翼を持つ種族などが登場し、諸星大二郎のファンタジックな諸作品が好きな向きなどにたいへんオススメである。
 いずれもするりと読めるが、声高に語られずとも、アイデンティティ、文化的ボーダーの視点はとうぜんジェンダーの問題をはらんでいる。以下、わたしが惹かれた2編を紹介してみたい。

 ひとつは「渡りをする人々」である。アンサラックは鳥のような嘴をもつ種族で、公転期間が長く、1年が地球上の24年に相当する世界に暮らしている。彼らは年毎に南から北へ、北から南へと渡りを行い、繁殖期はそのサイクルに連動し、北にいる一時期のみという種族である。
 あるとき彼らは他次元種族の介入を受け、好きなときに交配ができるようホルモン調整を行い、男女協同のスタイルから性別分業へと変更するなど、様々な社会変革の示唆をうけ、一度はそれを受け入れるが、いろいろあった末、それを排除し、もとのスタイルへと戻る。それが正しい選択だったかどうかはわからない、と話は結ばれるが、これはわかりやすいので特に説明は要らないだろう。

 もう片方は「夜を通る道」に登場するフリンシア次元である。この異世界の民は、夢を共有するというのだ。
 同時間帯に眠る近隣住民の夢が等しく混ざり合うので、町長の奥さんの「昨年生んだ赤ん坊を探す夢」、自分の「子ども時代に泊まった農園の夢」、近隣の青年の「巨大なおっぱいの出てくる、怖いけど感じてしまう夢」、隣家の3歳児のみたお化けの悪夢が混じり合ったりする。そして全員に共有される。
 フリンシアの大人は、子どもにそれらの不可解で説明しがたい夢について、説明する用意ができている。また、互いによく知った間柄であれば、どの夢が誰を源とするか容易に想像がついてしまうが、誰の夢かを問うことはお互いに行わない。また、ほかの人がその夢を見れば、実際のところ、その夢はみた人の夢である。それぞれの心の中でそれぞれの夢が形づくられ、夢は夢自体の曖昧さによって守られているともいう。

 物語はフリンシア次元を紹介する部分であっさりと終わってしまうが、わたしはそのような共有がどういうものか、もっと知りたい。老若男女がそのように意識を混ぜることがあれば、どのように互いを理解しあえるだろう。ジェンダーはどうなるのだろう。

 多様な異世界はそれぞれが示唆に富み、決してジェンダー考察のみにとどまるものではないが、地固め的な、静かにゆるやかに効く薬のような印象をわたしは抱いた。このようなアプローチも、ジェンダーを考えていく上で有効であるとわたしは思う。(と)

おのうちみん(WEBデザイナー)

 連作短編という形式を生かして様々な異次元の世界が語られる。全く異質なようで、でもどこか近しくてわたし達の世界に似ている、そんな物語。コミカルなものからシリアスなものまであって、どこから読み始めてもおもしろいと思う。
 シリーズのなかに流れる共通の物は、他者、特にマイノリティへの共感だろう。マイノリティはその世界の中での少数派のこともあれば、外からの訪問者と現地住民の間の関係性の場合もある。マイノリティが抑圧されている世界もあれば、だれもが互いを尊重している世界もある。語り手が抑圧されている相手に共感するとき、読者は自分の身の回りの問題に思いをはせる。
 またこの連作には家族や共同体の様々なバリエーションが登場する。その中に入りたいような共同体もあればとんでもない共同体もあるが、この多様性が作品の魅力だ。
 言葉の通じない別次元も登場するが、その世界の住人は自分のなか感覚や生理、ルールに従って行動していて、訪問者にも他の種族にもあえて説明はしない。邪魔をしないでほしい、こちらもあなたやることを尊重します、といっているようだ。
 世界が違えばルールも違う。相手を尊重し共感すること。理解しようとすること。
語り手は常にそうする。
 ル=グイン自身をモデルにしたらしい、繊細なペン画の挿絵も雰囲気を盛り上げる。(お)

2005年度 海外部門 最終選考作品と講評

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