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2008年度 第4回Sense of Gender賞 海外部門最終選考作品

ダイアン・セッターフィールド『13番目の物語(上下)』
鈴木彩織訳〈日本放送出版協会〉
Diane Setterfield , The Thirteenth Tale

ダイアン・セッターフィールド『13番目の物語(上下)』13番目の物語 下

作品紹介

現代でもブロンテ姉妹の『ジェイン・エア』や『嵐が丘』、ヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』は人気のあるゴシック・ロマンスである。本書は、これらクラシックの雰囲気を巧みに現代に再現して成功を収めた稀有な作品だ。 主人公マーガレットは古書店主の娘。読書家だが、趣味はいっぷう変わっている。古典や名作を読みあさるより、マスマーケットに登場しない埋もれた記録や私家版の回想録、日記などをむさぼり読むのが好きなのだ。そんな好事家の立場からひっそり書いたエッセイがもとで、高名なベストセラー作家から伝記を書くよう依頼される。しかながらその作家は、インタビューごとに異なった身の上話を聞かせることでは有名な「うそつき」だった。というわけで、書物を介した女と女のかけひきが、作家の住まう古めかしい館と過去探索の間で取り交わされていく。はたして真実は主人公の前に姿をあらわすのか、世にも奇妙な依頼をする作家の本音は、何なのか? 頁を開けば、次々に現れる美しい謎。思わせぶりな設定や怪奇現象めいた事件、古めかしい館に隠された一族の栄枯盛衰など、最後まで仕掛けの張りめぐらされた本書は、物語への渇望をぞんぶんに満たしてくれるだろう。その上、ちょっとレズビアニズムとゴシックロマンスの関係についても考えさせられる、ということで……(小谷真理)

青海波一実(会社員)

手に取った瞬間、自分がこの中に書かれている物語を、きっと好きになるだろうと予感させる本が存在します。ダイアン・セッターフィールド著の『十三番目の物語』は、装丁を見た途端に、その予感を私に感じさせました。

それはまさに当たりで、謎めいた美しい小道具に溢れた秘密の小箱という、本の中身をそのまま体現した表紙に心を躍らせながら、最初のページを開いた途端、物語の中に引きこまれてしまい、そのまま決して薄くない上下二巻の本を、それこそ息も吐かずに一気に読みきってしまいました。もしも貴方が『嵐が丘』『ジェイン・エア』『ねじの回転』『秘密の花園』これらの作品を好むならば、きっと『十三番目の物語』も、そのお気に入りの中に仲間入りさせてもらえることになると思われます。

父親の営む古書店に勤めながら、自分でも細々と文章を書いて暮らしているやや内気な女性、そんな主人公のマーガレットの許に一通の手紙が届くところから、このお話は始まります。その内容は、国民的人気を誇る超ベスト・セラー作家のヴァイダ・ウィンターからで、マーガレットに彼女の伝記の執筆を依頼したいという、まさに晴天の霹靂なものでした。

絶大な人気を誇りながら、ヴァイダはそれまでの長い創作活動の中で、一度も自分の素性を明かさないどころか、むしろ敢えてそれすらも創作としてしまい、マスコミやファンを煙に巻き続けているような人物。そんな老獪な大作家からの自分の真実を貴女に伝えたいという手紙は、内向的なマーガレットの心をも動かし、ヴァイダの住むヨークシャーへの滞在に向かわせます。

荒野の中に建つ先祖伝来の古い屋敷、慇懃な召使達に仕えられ、その奥深く暮らす、往年の美貌を思わせる気難しい名門の老女、それがヴァイダ・ウィンターでした。

老作家は自分が不治の病を患っていること、人生の終焉が近づいている今こそ、最後に自分の真実を誰かに書いておいて欲しいのだと告げました。訝しみながらも依頼を承諾したマーガレットに、痛みと治療の合間を縫って、作家自身の物語が語られ始めます。

昔々、由緒ある一族に双子が生まれました、エメラルドの瞳を持つ美しい姉妹は、一人は普通で、もうひとりは普通ではありませんでした、と・・・

実は主人公のマーガレットも双子として産まれ、ある事情からその片割れを失っていて、その出来事に深く心を捕らわれていました。失ったもう一人の自分に対する深い愛情、それが老いた作家と主人公の人生の共通項であるかのように思われますが、それが本当のことなのかは分かりません、真実というものは往々にして隠されているものなのですから。

語られる作家の人生があまりにも数奇なものだったので、マーガレットは独自に作家の話が事実かどうかの調査を始めます。そして、そこでも作家の人生に関わる様々な人々に出会い、マーガレットは一歩一歩、作家が隠していると思われる「語られなかった物語」に近づいていきます。

ヴァイダの人生にも当然、愛と憎しみ、信頼と裏切り、出会いと別離、誕生と死が存在していて、それらがどのように噛み合い、行き違うかによって、人は幸福になったり不幸に落ちたりしますが、結局、どんな出来事も、それが起こるのは人の心が原因であるということを、改めて深く思い知らされます。

病が重くなるにつれて作家の虚飾は剥がれ落ちていき、それと共に彼女の抱えている秘密が露呈していく様は、まるで深い霧の中で廃園を彷徨っていて、周囲のぼんやりとした影が、近づくにつれて樹木であったり、古い建造物の柱であったり、壊れた彫像であったりするのが判って、安堵するのにも似ています。結果として、陽光の差し込んできたヴァイダの心の庭の中心にあったのは、私が思っていたような恐ろしいものではなく、かといって、決して平凡なものでもありませんでした。

同じ彫像の顔が、ある方向の光の許から見るのと、違う方向からの光の下で見るのとでは、まるで表情が違って見えるように、たとえその意味が違っても、誰かが誰かに抱く愛情の本質というものは同じだということです。

たとえ公表されなくても、ヴァイダ・ウィンターの人生の秘密が主人公の手によって明かされたことは、これからのマーガレットの人生に大きなプラスになると考えられます。ある物語の終わりがハッピーエンドであるということが、読み終わった者を、たとえ一時でも幸福にしてくれるのは確実なことです。

これもまた、一人の人間(作者)が誰か(読者)に抱く愛情が、その人のその後の生を幸福にすることの証明でしょう。

読書好きな方には、是非、この物語を読んで欲しいと思います。

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