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2012年度 第12回Sense of Gender賞講評

三五千波(ジェンダーSF研究会会員、漫画家)

 去年は何故か「シスターフッド」を感じる受賞作が揃った。

 今年の候補作に共通するイメージは「舞」だろうか。
 巫女の舞、大陸芸者の舞、ボーカロイドの歌と踊り、
そして妊婦戦士たちの、異次元へと飛翔するフォーメーション。

 全く違う作風なのに、同年の候補作として並べると、共通のテーマが見えてくるのは面白い。こういう偶然を「時代精神」の現われと呼ぶのだろうか。

 選考では萩原規子『RDG レッドデータガール』(全6巻)須賀しのぶ『芙蓉千里』三部作の二つに票が割れた。

 私が『RDG レッドデータガール』(全6巻)(以下『RDG』と略)を推選したのは、小説的完成度でも、ジェンダー的視点の新しさ、鋭さでもなく、「主人公の性格」と「文体」が、より自分の好みだから、という主観的な理由からである。

 「イジイジ優柔不断で、いつも廻りに助けてもらってる弱気な娘」と、「何人にも頼らず、自分の力で運命を切り開いていく強い娘」の、真逆のヒロイン像。
 「細部までコントロールされた、叙述的なリアリズムの文体」と、「異界の現われのように揺れる、気分による起伏のある語り」、これも対照的。

 『芙蓉千里』三部作(『芙蓉千里』『北の舞姫 芙蓉千里II』『永遠の曠野 芙蓉千里III』)が、遊郭界隈の女性の視点から満州史を描いた、巧緻な歴史小説であることは疑いない。冒険小説として、とても楽しませてもらった。
ただ個人的に「強く正しすぎる女性像」や「遊びの少ない文章」をあまり好まない、というだけだ。  私はむしろ男性登場人物に共感を感じた。パトロンの黒谷、馬賊の建明、炎林、そして脇役に至るまで「弱さ」ゆえの魅力がある。端正な文体は、苛酷な北の大地の空気と相性が良いのかも。

 私に取って『RDG』の魅力の一つは、「閉じられていない」ことだろうか。
いくつかの謎が残されたまま、少女の「はじめて」物語は完結を迎える。
母との再会によって、一通り舞台背景の謎解きは成されるが、
父とは直接は逢えずじまい。「父」にまつわる謎はそのまま残される。

 ジュブナイルの分かりやすさを保ちながらも、憑依的な情緒に満ちた文体。
冷気ただよう山奥の神域、一人があの世に棲む三つ子、日常に潜む邪視、異界がとても近しく感じられる物語世界。ふだん見る風景の色が変わるような読後感。自分が子供の頃に出会っていたら、大好きな、宝物のような愛読書になっただろう。

 他候補として白井弓子『WOMBS』1~3巻野尻抱介『南極点のピアピア動画』が挙げられた。

 白井氏の作品は、20年前にコミティアで発表しはじめた頃に読んだきりだったので、完成度の高いSFアクションを描けるようになっていたのに驚いた。
 これぞ、ど真ん中のジェンダーSF! という漫画だが、未完ということもあり、今回の賞は見送ることになった。続きに熱く期待している。

 『南極点のピアピア動画』。彼女を振り向かせるため「おまえを宇宙に連れてってやる」という動機に、男の人は面白いな~女には思いつかないな~これぞセンスオブジェンダー、と失礼ながら新鮮さを感じてしまった。
 それはさておき、コンビニから軌道エレベーターへ、深海から星間宇宙へと、
動画サービスやボーカロイドを絡めて、愛らしくも壮大なロマンへ編み上げていく巧みさに唖然とした。
 21世紀初頭の日本のヲタク気分やネットテクノロジー、時代の空気がタイムカプセルのように封じ込められたユーモアSF連作集として、これぞ後世に残る傑作と思う。

 最後に、萩尾先生への生涯功労賞について。
 今回『なのはな』と同時に、不勉強ながら読み逃していた大作『残酷な神が支配する』と『バルバラ異界』などを、良い機会なので一気に通読した。
 なぜ「苦い」作品を描き続けるのか、初めて納得した。
 初期作品の「甘美な夢に満ちた絵と、詩的な言葉」があまりにも魅力的すぎたため、『メッシュ』以降のリアリズムな画風、作風が受け入れられなかった、というファンは、未だ多いと思う。私自身も長い間そうだった。
 特に「父との葛藤」や、「同性愛相手が主人公を救う王子様にならない、むしろ苦しめ、心の傷は塞がらない」というテーマの作品群は、初期作品のみのファンには好まれないものが多いのではないか。
 特に『残酷な神…』は、女性向け慰安としてのBLというジャンル全体への、大きな疑問、重いアンチテーゼを作品の形で投げかけている、と思った。
 これからも、良い意味でファンを裏切って、自らを更新し続ける作品を書き続けてほしい。

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