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2018年度 第18回Sense of Gender賞 講評

柏崎玲央奈(SF評論家、ジェンダーSF研究会会員)

SOG賞において、選考の第一歩はまずジェンダーに関する作品を集めることから始まる。SFの老舗イベントSFセミナーの合宿企画の席で、これどう? って作品を参加者がもちより紹介し合う形で毎年行っているほか、Twitterでも受けつけている。もちろんわれわれ会員も参加するのだが、個人的に「毎年1BL」を心の合い言葉にしており、今回は『ヨメヌスビト』をあげ、見事最終選考に到達した。九州男児は、社会的文化的なテーマでBLを描き続けている作家で、最新作ではアメリカのインディアンと宗教の関係について描いている。
 『ヨメヌスビト』は日本におけるフォークロア的ファンタジー世界に紛れ込んだ、(BL的に)セクシーな自衛隊員の運命と、その村社会の解体をコメディタッチで描く。
 絵柄も愛らしくて読みやすいが、差別を生む社会的構造ができる過程を描いた内容はハードだ。現実にあった稚児や誘拐婚、日本の家父長制度、世襲制度に根付いている問題を元に描かれており、「女が穢れているのではない」「女を見てお前の中に生まれる陰りがケガレなんだ」という村の老女の言葉はTwitterに放流したいぐらい名言だ。さらに本書では、村の中と外という枠組みが存在するが、一方的なものではなく双方向に価値観が揺るがされている様が描かれている。その中で不安を感じたり戻りたいと思ったりするのも当たり前であると受容され、それでもいろいろな動機や感情で、次のステージへ歩き出すキャラクターたちの前向きな姿勢は、新しい可能性を感じさせるものだった。その中で「愛」を選んだ主人公ふたりの門出を祝い、ベスト・カップル賞を贈りたい。

『オブジェクタム』は、おそらく幻想的と評されることが多いのだろうけど、描かれているのはじつにリアルな、どこかの町の風景であり、起こった/起こりそうな事実ばかりだ。
 本書は、ある事実を知りたくて、ひさしぶりにふるさとの町を訪れた主人公が祖父との思い出を回想し、図書館で調べものをする「だけ」の小説だ。残念ながら、ジェンダーという部分が見当たらず、受賞には至らなかったが、おそらくみんなも好きだろう作品だ。
 不思議な壁新聞、秘密基地、公園に現れたオブジェクト……Twitterの画像検索で流れてきてもおかしくない、よくある事物の数々。情報を集めて、いくら像をつくりあげても、あくまで真実はわからない。本人にだってわからない。
 ただ、それだけの小説が、どうしてこんなにも胸にせまってくるのか。記憶の断片、事実のかけら……それらを集めてできた実像は、けどでも、どこまでいってもぼんやりとしている。淡いパステル色の世界の中で、ときおりキラキラしているものは、なんだろう。

腐女子の茶番で、壁になりたいだの天井になりたいだのあるが、妄想の中で自分はどういう立ち位置になるのか。ネタバレになってしまうが『名もなき王国』はそういう話だ。ジェンダー的に興味深いのは、その想像の中での「自分」の性別だろう。男性である主人公が、想像の彼に対峙するとき、どんな姿をとるのか。関わりたい/関わりを持ちたくない、責任を取りたい/責任を取りたくない、どこへも出たくない/どこへも出られない……相反する純度の高い気持ちの結晶は、美しくない血縁のある厭世的な中年女性となった。男性の中に眠る複雑なジェンダー性の表出が見られ、とても興味深かった。

ジェンダー性の表出として、もっとも面白かったのは『歌人紫宮透の短くはるかな生涯』だろう。つくられた歌人・紫宮透のつくられた短歌をもとにして、読み応えある多くの注釈も楽しく構築された批評は、『完全なる真空』の現代短歌版だ。そこに立ち上るのはジェンダーではなく同時代性だ。しかし、同時代性も情報がネット上で共有できる現在では、それもまったく同時期である必要はない。その時代の空気を吸って生きてきた人の生き様や「もの」「こと」たちが広げてくれる。注釈はその一端だろう。そこで見えてくるのは、おとこおんなというくくりではなく、高原英理というまったく新しいジェンダーだ。

うまれてこの方、自分を人間と思って生きてきた。それが、なぜか痴漢に遭ったり、女だから学はいらない、女だから仕事しなくていい、年頃だから結婚しなきゃ、結婚したら子どもをうまなきゃ、子どもをうんだら子どものために生きなきゃ、etc言われたりして驚く。突然、外部から「女」にされてびっくりする。
 女性なら、誰しも経験があるのではないだろうか。
 男女の人口比率の偏りやなんらかの転換により、男女の立場が逆転するSF設定はもはや定番とも言える。それを妊娠出産に特化し、現代的な時流も入れて描いたのが、今回センス・オブ・ジェンダー賞大賞を受賞した『徴産性』だ。現代的な女性差別の現実をこれでもかと盛り込んだ本書はぜひ一読したい。
 選考会の場で話をしていて、唐突に理解したのは、この作品への違和感のなさだ。そうだった。私たちは「女」になる。法律ではない。無理矢理させられるわけではない。でも、いつのまにかカテゴリー分けをされて、お前は子を産む存在だからそのために生きろと、社会から強要され、そのためにつくられた社会制度の中に放り込まれる。ここで描かれているのは、私たち自身でもある。長くなった寿命の中で、妊娠出産子育ては人生のメインではない。次世代確保のための搾取構造がもはや無用の長物であることは否めない。それなのに、構造だけが残っている悲劇。
 本書の結末はメリバか、匂わせバドエンか。性転換が自在になった世界で私たちはどうするのか。それでも搾取構造は続くのか。その先に何が起こるのか、読んだ人ひとりひとりが、ぜひ思考実験してみて欲しい。

2018年度 第18回Sense of Gender賞 最終選考委員の講評

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