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2018年度 第18回Sense of Gender賞 講評

蛙田あめこ(ライトノベル作家)

書き手のひとりとして選考委員にお声かけいただきました。
 まずは今回ノミネートされた作品すべてに尊敬と称賛を。商業作家として駆け出しの自分にとって、筆致、テーマ、構成、何もかもが学ぶところばかりでした。いつかは自分もそんな「逸品」を生み出せることを夢見つつ、今回はひとりの読み手として以下に選評を記します。

虚構と現実のあわいが溶けていく感覚を与える作品が複数エントリーされており、それぞれが有機的に響きあっていたことは偶然ではないと思います。『オブジェクタム』では意図して語られない“オチ”にもやもやと形のない、それでいて甘美な読後感を味わいました。オフラインの極致である壁新聞から始まった物語が、スマホのバッテリー切れという事象によって閉じる心地よさたるや。淡くて煌めく読書体験でした。

『歌人紫宮透の短くはるかな生涯』では、伝記としてオーソドックスで極めて現実的な周囲の証言を編むという手法によって“紫宮透”という虚構の人物の姿を浮かび上がらせます。
 豊富な脚注に彩られて浮かび上がってくる“紫宮透”という人間はまるで、そう、ドーナツの穴みたいなのです。埋められた外堀によってかろうじて輪郭が見えてくるのみで、作中(p.328)でも語られているとおり紫宮の内面や心情については想像するしかありません。虚構の外堀によって表現された虚構の人物像に出会うことは、とてもエキサイティングな体験でした。
 個人的な話になりますが昭和の終わり際に生まれた自分にとって、1980年代はある種の「ファンタジー世界」ともいえます。当時を知る人に「1980年代というのはどういう時代だったのか?」というインタビューをすると、それぞれに少しだけ違った80年代を語ってくれます。その語られる断片を拾い集めて当時の空気を想像することと、この作品で紫宮透に出会うことは非常に似ているように思えました。
 そういえば、紫宮透というキャラクターは性の匂いがどうにも希薄です。それを印象付けるシーン、思いを寄せていたレズビアン女性・友井にカムアウトされた紫宮が発する、

「じゃあ、安心してぼくも言える。友井、君が好きでした」(p.59)

というセリフは個人的なお気に入りです。
なんて清潔で、キザで、優しい過去形なのでしょう。

さて、『歌人紫宮透の短くはるかな生涯』は“天才ゴス詩人”の遺した作品をすくなくとも31個(!)並べるという気が遠くなるくらいに高いハードルを鮮やかに飛び越えていたのは、書き手としてただただ感嘆し、尊敬の念を禁じえませんでした。

作中作という意味では『名もなき王国』についても言及しなくてはいけません。こちらはかつての気鋭の幻想小説家だった沢渡晶という女性作家の短編・掌編が作中作という形で収録されています。虚構と現実のあわいを漂うような作中で、ひときわ現実めいていた(身につまされた!)ある夫婦の破局の物語をはじめ印象的なエピソードが数々繰り広げられます。やがて生者と死者、男と女、虚構と現実、すべてが曖昧になり、まぜこぜになり、収斂して、たったひとりの語り手として像を結ぶ構成は、非常に明瞭なエンターテイメント性を提供してくれました。
 作中に散りばめられた、出産と死、貧困、喪失、おわらないワナビー(小説家志望者)という断片は、たぶん、読み手の心の柔らかいところにピリリと触れるのではないでしょうか。

『徴産制』『ヨメヌスビト』にも有機的なつながりを感じました。
 ベストカップル賞を受賞したのは、今回のノミネート作品のなかで唯一のコミックだった『ヨメヌスビト』。いわゆる腐女子でもあるわたしは、この作品をとても楽しくフィクション――もう少し細かく記述すれば“年下攻めガチムチ受け体格差BL”として、たいそう楽しんでいたわけですが、物語が後半にいくにつれてあることに気づきます。外界からの隔絶、宗教と性的搾取……という現代的なテーマが織り込まれていて、それが作者の九州男児氏の民俗学的素養や丁寧な取材によって作品世界に落とし込まれていることを……なんて思っていると、あとがき的ないろいろメモページの一文が目に飛び込んできて、驚きました。長子以外世間から隔絶する風習は20世紀まで日本にあったこと、誘拐婚が鹿児島でも行われていたこと……この作品が全くの虚構ではなく、過去と、その地続きにある現実から生まれたものだと気づくことになったのです。
 それにしても、ハッピーエンドは嬉しいものです。幸せに暮らしてほしい……。

さて、『徴産制』。痛烈な風刺性(ジェンダー的な観点はいわずもがな、貧困・教育・過疎地域)とエンタメとが絶妙なバランスでつり合い、成立していました。個人的には固有名の多くがカタカナ表記になっている、「いかにもSF!」といった表現手法が大好物なのでニコニコしながら読みすすめていたわけですが、そのなかでも、とりわけ「第二章 ハルトの場合」における田中兆子氏の筆の運びに鬼気迫るものを感じました。キャリアと不妊という現代女性の多くが背負うテーマが元男性のキャリア官僚・産役男のハルトを通してありありと描かれています。一人暮らし、結婚、出産、二人目問題……「半人前」に転げ落ちてしまうきっかけは、女性にとってあまりにも多いのです。
 会社に勤め、また、男性作家が圧倒的多数のライトノベル業界でどうにか生き残ろうともがく女である自分にとっては非常に痛快で、この世の中において次の世代を産み育てるかどうかの決断を迫られている世代としてまったくもって他人事ではないすごみをもった作品でした。

以上のノミネート作品は、いずれも読み物として素晴らしい出来栄えで、ひとりの書き手として大きな尊敬と少しのジェラシーをもって読み込む日々でした。  しかしながら、作品に込められたまなざし、読み物としての仕上がりや、ジェンダー的なエンパワーメントを考慮して、今回わたしは『徴産制』をセンス・オブ・ジェンダー2018の受賞作にすこしだけ強く推したいと思います。

現実と虚構のあわいは、今も刻一刻とゆるんでいます。かつては豊かな想像力を有するタイプの人間だけが持っていた現実と空想を自在に行き来して遊ぶ能力は、もろもろの技術発展によって誰にとっても手軽なものとなっています。バ美肉おじさん(バーチャル美少女受肉おじさん)というネットミームの流行は記憶に新しいですが、時間や空間、肉体といったものがバーチャルな世界では手軽に取り換えられるものになる日も遠くはないのかもしれません。そんななかで、小説をはじめとした文学作品はどうなっていくのでしょう。
 今回のノミネート作品のどれもが、現実と虚構、男と女、語る者と語られるものという対立構造を曖昧で混沌としたものとして描く側面をもった作品だったことに、時代の要請を見出さずにはいられません。

2018年度 第18回Sense of Gender賞 最終選考委員の講評

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