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2013年度 第13回Sense of Gender賞 講評

寺田瑛(ジェンダーSF研究会会員)

菅浩江『誰に見しょとて』

化粧や美というモチーフの短編が、太古の巫女と独特の美容会社「コスメディックビッキー」を縦軸に宇宙開発や人類の未来まで繋がっていく作品。

読む前は、美や化粧という題材イコール「女性ならでは(女性に属するもの)」といった短絡への警戒があったが、全くそういった作品ではなかった。
化粧・装いは男女問わないことを、古代から現代までの歴史、体格の装いやスカリフィケーションを含めた男性の装いの描写とともに十分に描かれる。更に、テーマは自己肯定や自己表現、他者の容認、ひいては自己と世界との関係性の構築、人類の発展へとつながっていく。
「美は女性に属し、女性は男性に美を評価されることに価値が置かれる、女性もそう望んでいる」といった古典的な「評価者男性の天動説」のような世界認識は一切ない。そんな呪縛から開放し、ジェンダー(社会的に作られた性差)が解体される。

「外観へのこだわりは女性が男性の気を引くためにあるもの、くだらないもの」という幻想がとりはらわれることで、社会の様々な題材も別の視界が与えられる。
性同一性障害の人物の性転換、トランスベスタイト、アンチエイジング、デザインド・ベイビー、自傷行為、高齢者のクオリティー・オブ・ライフ、様々な家族関係の問題と愛情、人生。
各題材について、本作一作で全ての人が賛同する結論を与えるというものではないかもしれない。しかし新しい切り口で考える窓を与えてくれる。

女性作家ならではの作品、という評をみかける。私もある程度そう感じたが、それは「“装い”が女性に属するから」ではない。むしろ、装いという題材を女性への幻想と明確に分けて整理していること、装いへの偏見を削除し知識・理解を深める点で先駆者であることからだ。
山田母娘に悪役や破綻を求める予定調和に収束せず、彼女らが人類の先駆者となり、太古から未来、ミクロからマクロへの発展と開放へ至る展開に拍手を送りたい。テーマとSFというジャンルを生かしきったラストだろう。
また、近未来の連作の間に太古のエピソードを挿入し悠久の時のスケールを感じさせる構成、クライマックスに用いられた開放系の文法等、開放へのテーマを強化する技法など、小説としても完成度の高い作品と思う。

六冬和生『みずは無間』

ある男性・透の意識が移植されたAIが主人公で、宇宙を旅する中、過食症の恋人みずはのイメージを持つ分身を宇宙に増殖させ、みずはに喰われるかのようなイメージとともに宇宙を破滅に導く話。AIという設定だが、根本的に人外の思考システムでも高尚・高度な思考でもなく、極めて「人間的」で、現代のSFらしさを感じた。
本作はそのまま読むと、男性主人公や宇宙が過食症の女性に食い潰されるイメージが描写されてテーマに重なっていく。それにも関わらず、「男性の飢えのメカニズム」が浮き彫りにされている。
男女逆に置き換えると分かりやすい。

女性主人公が恋人の悪いところばかりを終始語り続ける。あらゆる面で見下し軽蔑を込め一挙手一投足をあげつらい続けるが、関係改善、別れ等、痛みを伴う現実的対応からは逃避する。悪いのは全て彼という認識から動かず、我慢している自分の被害者ぶりを訴え続ける。
彼は自己管理能力が低く糖尿病だが、食事管理や看病等寄与はしない。彼と「病気の彼に別れを告げる」ことから逃避するがそもそも別れの客観的制約(どちらかの経済的困窮や婚姻等)はない。逃げ出し海外の仕事へ行くが理解ある恋人を演じ見送る彼すら疎ましい。
彼に苦しめられた記憶が辛く「自分」を増殖させ宇宙を喰いつくしても、それは私の記憶の中の(=私の脳内設定の)蔑むべき彼のせいなのだ。

この場合「ダメ男に共依存する被害者意識ばかりの女が、その愚かさゆえ宇宙まで食いつぶし、その罪を妄想上の彼に転嫁し続ける怖い話」と言われる。ここまで酷くなくても、似た要素を持つ女性がいれば男性から「だから女はダメなんだ」「女は怖い」と女性全体が共同責任で叩かれ続けてきた長い歴史がある。
しかし、男性は徹へは同じ叩き方をしない。(女性読者は自分に都合よく叩くことに男性ほど執着しない)
理性的に俯瞰すれば、主人公が男女どちらであれ、主人公自身の問題や、主人公が主観で語る恋人像や世界認識の信憑性や妥当性は指摘せざるをえないことに気づく筈だ。
三人称でなく一人称(天動説)で語られる世界認識のトリックが使われている。

「都合の悪いことは全て女性のせい」という結論が先にあって、その結論に向けて無限に180度レッテルの貼り替えが続けられるというメカニズムがある。その典型例だろう。
貼り替えツールは典型的なものでは「現実に××だ(願望や思い込みと現実の混同)」「男女差だ(ジェンダー)」「それとこれとは違う(切取り)」「女性自身望んでいる(被害者悪者説)」等あるが、木に振り回されると森を見失う。
「不都合は全て女性のせい」の結論から動かない骨子に着目し装飾を削除すると構造が観察しやすい。この骨子は男性社会(古代、現代日本社会等)の様々な場で観察される(「女性手帳」「女は男を堕落させる生き物」等)。

自分(男性)が悪いと認めたくない以上、それは女性(みずは)のせいでなければならない。その結果「悪いことが女性からもたらされた」と常に改変された認識が積み重なり、女性は男性の中で架空の巨大な化物に膨れ上がる。自分の食物(取り分)を悪い化物に搾取されている、という飢餓感を持つ。本人の認識ではそれが強固な真実であり、食べても食べても飢えを抱えることになる。
こういったタイプの男性にとって、女性は化物でなければならない。朝廷に不都合なことは朝廷以外のせいで、それをもたらす者は鬼や土蜘蛛でなければならないように。
透のような夫や恋人や上司に、架空の化物像を転嫁され、日々モラル・ハラストメントを受けている日本女性は多い。特に本作を素直に「透が被害者」と共感して読んでしまった男性はギクリとしてほしい。
この「男性の飢えのメカニズム」に、ジェンダー格差世界105位にも関わらず、日本女性が男性社会から「もっとちょうだい」と追いつめられていく構造を思う。

透がみずはに投影している「被害者意識」という飢えは、透自身の被害者意識の鏡像だ。
透は何千年経っても「自分が」宇宙まで喰いつくしても、「被害者意識」という飢えを捏造した化物像(みずは)へ無限に責任転嫁するという甘い蜜を手放せない。
飢えを満たす方法は、女性(みずは)や外部ではなく、自身の中にある。それと向き合えないゆえの、無間の「飢えのメカニズム」の辿り着く末を見る気がした。

田辺青蛙『あめだま 青蛙モノノケ語り』

妖怪、吸血鬼、ノスタルジックな和の光景などが、現実と非現実の境界を曖昧させ描かれる掌編集。
幻想小説としての美しさ、怪奇小説としてのグロテスクさ、どちらも絶対的に強く押し出されることはなく、絶妙なバランスで奇異な迷宮に読み手を引き込んでいく。
肉をそぎ落とし丁寧に選ばれた言葉による詩的芸術性も独特な空間を支えている。

本作はエピソードそのものより、世界構築に注目した。
個人的には波津彬子先生の短編漫画を複数連想した。明確であるより曖昧にすることによってこそ描かれるもの、空気感自体の価値、美のバランス、和の憧憬などによる世界構築の完成度の高さに、近いものを感じた。初期の「ネムキ」(「眠れぬ夜の奇妙な話」等)などホラー系の少女・女性漫画にも、似かよった世界を見かける。比較論として、女性作家・女性漫画界に得意な方が多い傾向があるように思う。

それら作品世界の不可思議な空間は「なんとなく」ではなく計算により構築されており、情報の大量提示を競うような足し算でなく、「描かない」ことによって描く高度な引き算が行われている。禅寺の枯山水に似て、見る側が適正な評価をするためにある程度のステップが必要になる。

こういった作品世界・表現技法の高さは、現時点、創作の賞等で十分に適正な評価を受けていないように思う。ぜひ適正評価されてほしい。

坂井恵理『ヒヤマケンタロウの妊娠』

男性の妊娠という題材は、萩尾望都先生の『マージナル』『X+Y』、杉本亜未先生の『ANIMAL X』、佐々木淳子先生の『銀の谷(『ブレーメン5』の一編)』、清水玲子先生の『月の子』など多数ある。上橋菜穂子先生の『精霊の守人』(王子が水の精霊の卵を宿す)など非血縁も含めれば更に多い。ジェンダーを考えさせられる興味深い題材である。

本作は、男性も妊娠・出産するようになって10年という世界を舞台に、独身のエリート会社員健太郎をはじめ、様々な男女の妊娠をオムニバスで描いた作品。
現代日本のジェンダーや社会問題を描き出しつつ、エンターテイメントや読後感のよさにも配慮され、単行本1冊分のコンパクトさで様々な視点の骨子やモデルケースが提示されている。
また、男性漫画の著作がある方のためか、情報や物語パーツが簡潔にはっきりした男性漫画文法に近く、男性が読みやすいかと思う(掲載は女性漫画雑誌)。
こういった社会問題は、作中にあるように、一人ひとりが少しずつ変わっていく必要がある。その観点からも、広い読者層が手に取りやすい「読みやすさ」をぜひ評価したい。

簡潔さゆえに、読者の方に補足を試みたい箇所がいくつかある。(イコール作品の不足ではない。本作は意図的に簡潔さを優先しているように感じられた。)

健太郎が妊婦の女性に、俺が自分で妊夫(妊娠)を差別される側から武器に変えたと言うエピソードがある。
一方、現代日本では同じ言動をとっても女性だと否定され男性だと肯定されるといったレッテル張替え構造は確実に存在する(『みずは無間』の項参照)。
この台詞が、現実の日本社会の妊娠・出産環境の問題を「妊娠を武器に変えられない女性が悪い」と解釈されたなら、作品全体のテーマから俯瞰しても誤りであろうことは補足しておきたい。

健太郎は「ウムメン」として社会活動し、仕事と育児を両立させ、独身で子の母親の女性や親にも殆ど頼らない。「理想的過ぎ」ともいえるかもしれないが、私は「モデルケースの提示」と受け止めている(もっとも、女性には沢山いる)。
本作では対照的な妊夫のモデルが示される。自身が中絶し世界の見え方が変わる男子学生。妻と自分の各妊娠時で言動が変わる夫。「着床率に比べ少ない妊夫」に示される膨大な中絶妊夫。
しかし健太郎が彼らのようなタイプだと、「所詮妊娠は女性の仕事」に閉塞しかねない。
社会派文学は、理想を書くと「現実的でない」、現実を書くと「現状肯定」と解釈されるリスクを含む。その観点で検討すると、成功例のモデルケースとしての健太郎像の選択は妥当に思う。フィンランドでは夫婦で「私達は妊娠しました」と言い、父親の80%以上が育休をとる。(人物像として)健太郎のような男性は現代日本では少数派だが、決して非現実的ではない。

新鮮だったのが、男子高校生達に揶揄された健太郎が、お前らのような男がいるから俺達が迷惑すると反論するシーン。現実の日本では「男の敵は男」になって反論するより、弱者にツケを回すことが多い。日本では育休が取り辛く、不当解雇、採用・出世差別、それに伴う経済格差など人生に関わる大きな負担がある。日本の父親の7割は育休をとりたいと言っているが(東京都調査)、「育休がとり辛い」と男性社会に向かっては言わず女性に言う。男性育休取得率は2%以下、負担は女性に回される。
この台詞が自然に言える健太郎(男性)を、新鮮と感じない日本であってほしい。

作中で健太郎も自分が少し前まで「あちら側(偏見する側・他人事)」にいたことに気づく。
読み終えた後、「あちら側」でない目で見、世界を考える入口にしてほしい。

(蛇足。2014年7月14日時点、「BE LOVE」公式サイトで第1話が無料で立ち読みできます。

明治カナ子『坂の上の魔法使い』(全3巻)

魔法使いの男性リーと弟子のラベルが町外れの坂の上に住んでいる。ラベルの父であった王に託されリーは半世紀ラベルを腹に宿していたという。リーと王の関係性、国の存亡、リーの使役リリドの不穏な動きが次第に明かされていく。
BL(ボーイズラブ)の題材は、「女性性」「男性性」を解体し「人間性」へ還元するなど、ジェンダーを読み解く要素を多数持っているが、ここでは「育メン」の物語としての側面について触れたい。

リーの使役のリリドはリーと同じ考え方をする彼の分身だが、ラストでリーと対極の選択をし対峙することとなる。その差異は「リリドはラベルを育てていない」ためと説明される。リーは強大な魔力と長い寿命もつが、自分は「ラベルを育てる為に生まれてきた」と分かった、と語る。
リーはラベルを「産んだ」が、リーの変化(育自)や愛情は、子を「産んだ」ことではなく「育てた」過程で発生しており、またリーの性別を問わない。
現実世界においても、関係性の構築は劇的な事件や一点豪華主義の言動では得られない。多くはささやかな日々の出来事の積み重ねで育まれる。
本作ではファンタジーとしての物語と並行し、その関係性構築の過程が丁寧にちりばめられている。

リーはラベルの成績が悪いことに悩み、熱を出せば健康であれば他に望まないと願い、彼のために自分は食べないパンを焼き、食事に味がないと教えられ、うちは貧乏だと言われ気にやみ、一方で自身の価値観でラベルを振り回してしまう。クライマックスでは何度も経験済みの「自分の死」以上にラベルの死を恐れ、凄惨な死の狭間で「死ぬものか」と思う時頭をよぎるのは、ラベルとのあまりにささやかな日常の光景だ。
これら描写が、リーの王への想いがラベルを育てる喜びへ昇華し、王との新たな関係性の構築・穏やかな別れに至ることに納得を与えてくれる。
ラストで、リーはラベルに不平を持ちつつも満ち足りている。ラベルと築いた日々の積み重ねによって、12度目の生で彼はそれを得たのだ。

また、女性漫画は伏線や全体構成が発達した作品が多いが、当作品も伏線や構成の織り上げが見事だ。使役にまつわる各設定、脱皮、魚、暗示、目、彼の地、水晶、契約書、恋愛の制約、各キャラ描写やエピソードなど、大量にちりばめられているにもかかわらず、伏線パーツが浮かず物語の流れの必然の中に組み込まれている。また、「対等」「他に何も望まない」などのキーワードが描写が重ね答に繋がっていく過程など見事だ。
女性漫画が得意とするこういった技術力が、ぜひ適正に評価されて欲しい。

2013年度 第13回Sense of Gender賞 最終選考委員の講評

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