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2010年度 第10回Sense of Gender賞講評

ジェンダーSF研究会会員の投票結果

センス・オブ・ジェンダー賞設立十周年を記念して、本年度は本文学賞をプロモートしているジェンダーSF研究会内で会員による投票を行い、もっとも票の多かった作品を、最終選考会の一票としました。その投票結果と各メンバーのコメントを公開します。

上田早夕里『華竜の宮』 得票4票

小谷真理(SF&ファンタジー評論家)

2010年度センス・オブ・ジェンダー賞として、上田早夕里『華竜の宮』に一票を投じます。

三五千波(ジェンダーSF研究会会員、マンガ家・イラストレーター)

上田早夕里『華竜の宮』に一票を投じます。

「海上民」と「魚舟」、「地上民」と「アシスタント知性体」との精神的なパートナーシップ、そして生物の人工的かつ自然進化によるメタモルフォーゼへの想像力に、新しいジェンダーSFの可能性を感じた。

この作品には分かりやすい形のジェンダー的テーマ(同性愛、性役割交代など)は出てこない。
しかし、改造人間や人工知性はどこまでが人間と言えるか、人間と親密なパートナーシップが結べるか、という隠れたテーマが、地殻変動~人類の危機という大きなテーマの奥に見え隠れする。
このような物語は、生殖やジェンダーについての思考を含んでいるのではないか。
個人的には、凡人から見ると不自然なまでに清廉潔白な主人公、セイジ=N=青澄(N=ニュートラルである~性的にも、婚姻的にも)の人間像にも、ジェンダー的な新鮮さを感じる。章によっては一人称での語り手を演じるパートナー知性体との関係には、プラトニックなエロスすら感じた。この作品中の最大の萌え所である。

籘真千歳『スワロウテイル人工少女販売処』にもやはり「人工知性体と人間とのパートナーシップ」が登場する。
作りこまれた設定、緊密な構成と、萌えを匂わせる表紙イラストやタイトルとのギャップが大きい。フリガナ造語の多用に、ライトノベル&アニメ的な会話が混じり、私個人としては読みづらかったが、本格SFともライトノベルともつかない独特の文体の魅力がある。魅力ではなく、もしかしたら欠点なのかもしれないが。奇病による男女隔離居住、性生活も共にするパートナー「人工妖精(フィギュア)」ときたら、これぞジェンダーSF!という設定。
にもかかわらず推さなかったのは、この作品はジェンダー問題というより、まず「できそこないの私(揚羽=五等級フィギュア)」の、他者による肯定~自己肯定の物語がメインテーマだと考えたからである。特に育ての母「鏡子」との関係は印象的。
新しいスタイルの「母ものSF」と言えるかもしれない。

候補作選考の時に推した、勝山海百合『玉工乙女』。
個人的な趣味では、文体、雰囲気、極上の中国茶のような余韻があり、最も好きな作品。
纏足に象徴されるような、女性の自由が制限される社会である清朝を舞台にしており、その中での女性の葛藤も描かれている。
無心に彫刻に打ち込む主人公の性格が無性的である所にも、新しい切り口を感じた。『華竜の宮』主人公もそうなので、新しいジェンダーSFの潮流なのかもしれない。
しかし、この作品の要は「ジェンダー」よりも「幻想文学としての香気」であると考えたため、最終選考では推さなかった。
限定公開の番外編で匂わすような、異界を舞台に含めた続編が期待されるのかも。

大串尚代(ジェンダーSF研究会会員)

今回の候補作の中からわたくしが「この本のセンス・オブ・ジェンダーはすばらしい、ぜひほめたたえたい」と思う作品は上田早夕里『華竜の宮』(早川書房)です。

本作品は地球上の劇的な環境変化にともない、人類が海上と陸上に居住地域を分けた未来の設定ですがそこでは異端としての獣船およびそこからの進化形態であるひとの姿をした存在への描かれ方がすばらしいと思いました。
青澄、マキ、ツキソメ、ミラーをはじめ、登場人物がたいへん魅力的に描かれているところも、印象的でした。
海上民の出産のありかた、人間・人間以外の生物、魚船・獣船との差異があいまいになっているところなど設定として非常に興味深いものがありました。

センス・オブ・ジェンダーとはなんだろう…と今回改めて考えました。
以前、審査員を務めたときは、「性差に関する固定観念を覆すこと」と個人的にとらえ、それをひとつの判断基準としました。
今回は、ジェンダーのさまざまなあり方だけではなく、『いわゆる「異端」とされるものをどのように描くか』という点に注目してみようと思いました。
ジェンダーのあり方に考えることは、人種や階級、年齢とか家族などでこれまでの「規範」からはじかれてきたことを考慮することへと繋がるよな~と思ったのでした。

今回の作品のどれもたいへん面白く拝読しました。
その書きっぷりで圧倒的な力をもっていると感じたのは実は須賀しのぶ『神の棘I』『神の棘II』でした。
頁をめくる手が止まらなかったほどです。ラストも非常に印象的でした。
また第二次大戦下のドイツ・ナチ政権とカトリック教会との関係の中で己の心情に従い組織から外れた行為(規範から外れる行為)をとるがゆえに英雄となるマティアスの姿は感動的でした。
ただし、性差に関することがらは従来の二元論を踏襲しているかな……と思いました。
たとえばこの作品の帯に「センス・オブ・ジェンダー賞受賞!」とあったとき違和感が残るか……? という感じでした。

つたない感想ではありますが(その他の作品に触れることが出来ず申し訳ありません)、なにとぞよろしくお願いいたします。

yasuko(ジェンダーSF研究会会員、ミュージシャン)

上田早夕里『華竜の宮』に一票を投じたいと存じます。

籘真千歳『スワロウテイル人工少女販売処』 得票1票

立花眞奈美(ジェンダーSF研究会会員、主婦)

籘真千歳『スワロウテイル人工少女販売処』に一票です。
上田早夕里『華竜の宮』は本格SFとしても読み応えがありました。
勝山海百合『玉工乙女』は密やかなジェンダー感が捨てがたい作品でした。
しかし、その直球のジェンダー感に『スワロウテイル人工少女販売処』を推します。

須賀しのぶ『神の棘I』『神の棘II』 得票1票

おのうちみん(ジェンダーSF研究会会員、WEBデザイナー)

須賀しのぶ『神の棘I』『神の棘II』に投票します。

勝山海百合『玉工乙女』 得票1票

かたやま伸枝(ジェンダーSF研究会会員)

勝山海百合『玉工乙女』に投票させていただきます。

『玉工乙女』の、自分が成長していくことには苦労しても、性別に対してはごく自然にしか苦悩しないヒロインのあり方(たとえ性別を反転させられたとしても)、それを素直に認めて応援してあげる周囲の人の反応が、とても新鮮で豊かに感じられました。
これからの未来がこうであって欲しい、という願いをこめて、投票させていただきます。

荒川弘『鋼の錬金術師』 得票4票

灰原(ジェンダーSF研究会会員、カフェ・サイファイティーク ハカセ)

荒川弘『鋼の錬金術師』に一票でお願いします。
大本命 上田早夕里『華竜の宮』と大変迷ったのですが、世に与えた影響が大きかったことから……。
世に作品を紹介する、という意味では『華竜の宮』の方がいいかもしれない、とも思います。

選評というには初歩的な文章で大変恐縮ですが、個人的にはこんな選定理由でした。

(1)男性の従来の価値観に反する下記の点を描いたが、作者ご自身男性的ペンネームをつかっていらしたこと、人気作品であったことからこれを男性に受け入れさせた。

  • 主人公が「頭がいい子」。優等生的男主人公は、女性漫画にはあっても男性漫画には稀。男性向け漫画は基本的に「バカがかっこよい」価値観であり、頭がよい事、思慮深い事はのび太の出来杉君いびりのように「悪役」だった。
    (ブラックジャックのように、医学については有能であっても言動等は一般基準から外れるといった一点豪華主義は従来から盛んだった。しかしエドは勉強だけでなく、思慮深さや、社会常識をきっちり身につけていることをあちこちで見せる)
  • ヒューズというキャラで、かっこよく幸せで羨ましい「マイホームパパ」像提示
  • 主人公の師匠が女性(主婦)で、しかも立場逆転が描かれない(聖闘士星矢も師匠は女性だがごく初期に強さ逆転)
  • 普通に思慮のある女性(ホークアイ中尉等)が描かれる
  • 「弱肉強食」原理の世界のトップが女性(アームストロング姉上)
  • イシュヴァール戦エピソードにより、戦争美化・陶酔の徹底否定
  • 自国の戦争被害者へのバランス感覚のあるスタンスの提示
  • 自分が今夢中になっていることより他者への配慮、美学より現実、という女性的思考がちりばめられている
  • クライマックスで示されるホーエンハイムの最終兵器が「対話」
  • 女性漫画家に多い長所、伏線・設定・構成の組み上げがしっかりしている。男性漫画界は一話毎の勢いが最優先されるが、全体構成力による漫画の魅力を示した。漫画の賞は男性審査員が多いため構成力等への評価視点が大変希薄であり、女性漫画家作品への評価が不当に低くなる一因だったが、一石を投じた。

(2)エピソードとしては、「男(お父様)が子供を生む」構図が興味深い。
女性向けでは多く取り上げられ、多面的指摘を含む大変奥深い題材なのに、男性作家は徹底的に避ける題材だが、男性漫画界で骨太に描かれた。

石神南(ジェンダーSF研究会会員、カフェ・サイファイティーク スタッフ兼ハカセ)

荒川弘『鋼の錬金術師』に1票.。
個人的には、上田早夕里『華竜の宮』との一騎打ちでした。

皆吉すおう(みなよし)(ジェンダーSF研究会会員)

荒川弘『鋼の錬金術師』(全27巻)に投票します。

守られるだけではない強いヒロイン像自体は必ずしも珍しくなくなってきましたが、それでも、ウィンリィ・ロックベルの職人としての技術の高さ、主人公が彼女に寄せる信頼は刮目に値しました。
主人公らの師であるイズミ・カーティスの持つ「業」、彼女が常に「主婦」を自称しているところなどにも目を引かれました。
他にも魅力的なキャラクター、これはと思った演出がありますが、特に印象に残った二人を、投票の理由として挙げておきます。

柏崎玲央奈(ジェンダーSF研究会会員、SFレビュアー)

いろいろ悩んだのですが、荒川弘『鋼の錬金術師』(全27巻)に一票入れたいと思います。
理由は「錬金術」というファンタジー設定を通して「生命」について考えた作品だからです。
私たち女性は、その生涯に産む産まないに係わらず、どうしても生命を産む「性」としての宿命を負わされてしまいます。産むジェンダーとして、世界との係わりを考えるきっかけとなる作品だと思います。

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