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2010年度 第10回Sense of Gender賞 講評

福島一実(ジェンダーSF研究会会員、カフェ・サイファイティーク スタッフ)

上田早夕里『華竜の宮』 生きることは苦しむことかもしれないけれど、それでも……

この作品の世界をどう読むかについては、沢山の、アプローチの仕方があると思われます。
近未来SF小説として、海洋小説として、人工知能を伴侶とする世界観や、様々な変異生物の素晴らしい描写を楽しむ。
また、人と人、人と自然、人とアシスタント知性体、人と魚舟、人と獣舟、様々な存在の対立を鮮やかに描き出し生きる目的や、運命の伴侶という、掛け替えのない存在を探し求める様々な人々の、葛藤と努力の軌跡を追ってみる。
そんな風に、読む人毎に楽しみ方は千差万別。
幾重もの多層構造で成された、大きなスケールを持ったこの長編は、どの部分をどう切り取っても、ずっしりとした読み応えがあり、作者の上田早夕里氏は、流石に小松左京賞受賞者の名に恥じない、重量級の実力派だと感嘆させられました。

『華竜の宮』という作品は、巨匠の代表作と呼ばれ、不朽の傑作である『日本沈没』の系譜上の作品であり東北大震災という未曽有の大災害に見舞われ、また小松左京という巨星の墜ちた今年度の受賞作品としてあまりにも相応しいと表することは、果して不謹慎でしょうか。

今年3月11日に起こった東北大震災によって、漫然と不変だと信じていた日常の営みが、どれほど簡単に変貌するかを我々は思い知りました。
地球の片隅の日本という地域のほんの一部分が揺れただけで、それに引き起こされた津波と、その後の諸々の出来事により数万人の人々の暮らしと将来が大きく様変わりし、地震が起きなかった場合とは全く異なったものとなってしまいました。

この作品のプロローグに、地震発生を警告するアラーム音が居酒屋の店内に鳴り響く場面があります。
つい、ほんの数カ月前には連日、通勤途中の電車内で、職場で、食事中の店内で、あちこちの携帯電話からその音が聞こえてくる度に、我々自身、びくりと身を縮め、数秒後の揺れの到着を待ったものでした。
そのリアルな日々はまだ記憶に新しく、その我々の現実の続きに、小説と同じ理由で世界中で海面上昇が起り大きな環境変化に適応するため、人類自身が考え方だけでなく、その存在自身を変貌させなければ生き延びられなくなる、そんな事態が決して在り得ないとは、一体、誰がそう断言できるのでしょう。

3.11の後、我々人間は、地球という名の惑星、常に変貌し続ける卵のようなモノに全てを委ねていて文字通り、その卵の薄い殻の上でしか生存出来ない、とても儚い存在であることを意識下に刻み付けられたように思います。
自然の僅かな変化によって、理不尽に何もかもが突然に失われる、家も車も財産も、友や家族、そして自らの生命すらそんな理不尽な出来事が、いつ起きるかなんて、所詮、人に図り知ることは無理だということも……。
運命から逃れる術を持たない我々に出来る事、兎に角、今日、今、現在に出来ることって何なのでしょうか?

でも、あなたの生きる意味って何ですか? そんな問に、即答を出来る人はきっと極少数派だと思います。
私も含めて、大多数の人間はそんな事は考えもせず、目先の雑事に追われて漠然と日々を過ごしています。
自分の不甲斐なさを自覚しつつも、凡人は目先のことで手いっぱいだからと自己卑下するくらいが関の山。

この物語の第一部の最後に、滅亡の危機を直前にして、人類の生きる意味は終焉までの道程に見出すしかない、という会話がありそして最終部に、彼ら(人類)は全力で生きたから、それで充分じゃないか、という会話が、呼応するかのように為されます。
そこを読んだ後に、生きる意味など解らなくても、きっと、それでも良いのだと、小さな自分を肯定されたような気持ちになりました。
ただひたすら生き続けることは、それだけで無条件で素晴らしい事だという趣旨が、この作品の様々な場面で示唆されます。
この世界に生まれてきた、だから生き延びるだけ、それが良いか悪いかなんて問題外と、獣舟は自らの存在をそう主張し殺人兵器を始祖として開発されたアシスタント知性体は、伴侶たる人間のサポートに自らの存在価値を見出し絶望の淵で、人類はヒトとしての形を成さない全く異形の存在になっても、種の存続を願います。

地球の終末と地球上の全ての生命の滅びを書きながらも、この作品の主題は生きることへの賛歌です。
未来に希望が持てない時に、自分の将来が暗いと感じた時に、色々な不幸に押しつぶされそうな時に、死んでしまいたい気持ちになった時にどうぞ、この物語を読んでみて下さい、そして読了後、貴方が「それでも……」と呟いて下さることを、心から願って止みません。

籘真千歳『スワロウテイル人工少女販売処』 古今東西、蝶は魂の象徴です

「バタフライ・エフェクト」という言葉があるのをご存じですよね?
北京で小さな蝶が羽ばたくと、影響が巡り巡ってニューヨークで嵐が起こるという意の、カオス力学系の現象のことだそうです。

そして、この物語は、それと同じように、ある小さな女の子が生まれたことで人類の未来が、大きく変動することになってしまったというお話です。

現在より少し未来、仮想的日本という国の中では、二重政権が執行されている。
「種のアポトーシス」と呼ばれる、性交渉による感染症の患者の隔離のため日本という国からの独立を果たし、完全な自給自足、自治、自警によって
関東湾に浮かぶ人口島(自治区)で、男女別々に分かれて暮らす13万の人々自治区の男女を隔てるのは、蓄電池の役割を担い島を分断して廻り続ける大歯車。

隔離された自治区の男女には、各々の伴侶という役割で作り出された「第三の性」、人に似せて作られた、美しい疑似生命体が存在していた。
異性を失った人々の慰みに作られた、人類にとっての新たなる異性。
人の工し妖かしく精あるもの、人工妖精。

60兆の微細機械で出来た細胞から成り、人と同じ感情を持ち、言動をし、全ての個体が、土・水・火・風の4気質という、人工妖精の魂ともいうべく、基本的な4つの精神的原型タイプを、各々に有しています。
外見は容姿端麗、内面の性格や、特技、嗜好等には広範なバリエーションを有し、完成度によって、最高クラスの1等級から、第4等級までに格付けされている。
人間との差異は、作られた時点のまま成長をしないこと、生殖行為で子孫を成せぬこと外見的な差異としては、背中に髄液の循環する蝶のような4枚の羽根を隠し持つこと。

そして人工妖精は身体が男性型でも女性型でも、お互いを同性として認識するので彼・彼女達にとっての異性は人類全般であり、男女を問わず思慕の対象となる。

5等級という呼称、それは等級認定外の落ちこぼれの人工妖精への蔑称。
数多の人工妖精の中でも、等級外のラベルを貼られる存在は異端だった。
しかし、それ故にアシモフのロボット三原則に類する、人工知性の倫理三原則という厳しい行動規制の規律に縛られることない、おそらく世界で唯一の殺し屋の人工妖精。
作られてから4年、外見は十代半ば、黒髪と黒い羽根、彼女の名は揚羽。
揚羽は自らの意思で、人間と人工妖精を殺傷することが出来る。

自らを出来そこないと自認する揚羽は、未だ目覚めぬ双子の妹の覚醒に備えてこの世界から汚いモノや醜いモノを取り除き、世界を綺麗にしていると自負しているそれこそが揚羽が、自らの意思で有害な人工妖精の粛清をやっている理由。

揚羽は自分の保護者である、一級精神原型師の鏡子に片思いをしている性格的には色々と問題が多い鏡子だが、人工妖精の制作に関しては第一人者だった。
ある日、彼女の工房に壊れかけた水先案内人の人工妖精と、その恋人の少年が助けを求めに訪れる。
図らずも、その恋人同士のトラブルの解決に、深く関わることになっってしまった揚羽は、自治区全体、それどころか人類の未来をも覆すような、大きな事件に巻き込まれていく。

当然のように人が人工妖精という存在を愛し、またその存在も人を愛する世界の裏側で、政権闘争、お家騒動、科学の進歩の限界と、AIによる終末の予言等が絡み合い、思いもよらない世界の亀裂が覗き、人類と人工妖精の未来のビジョンが激しく変動し、変容する。

そして結果的には、揚羽は自分が思い込んでいたような、出来損ないの失敗作などではなく、全く新しいタイプの、「光」気質の魂を持った、第一等級の人工妖精であることが判明し、これからの人類にとって、掛け替えのない伴侶の始祖となることが暗示されている。

読んでいて、いささかセリフが大げさだったり、キャラクターの言動が不自然な部分等が引っ掛かりましたが、人工妖精という存在の、健気さ、愛おしさが、可愛らしさを充分に堪能させていただきました。

振り返って、現代の日本には、生身の異性に恋愛感情を持たず、マンガやアニメの中のキャラクターやゲーム機の中に棲む存在に夢中になっている人間が、果して、どのくらい存在しているのでしょうか? 現在では未だマイノリティだとは思いますが、多分、数量的には少なくはない筈だと思います。

その人達の恋愛対象は、つまりは自分自身の投影であり、もう一人の異性としての自分ですので、表面的な反応はともかく、根本的には決して自分に逆らうことのない、絶対安全で安心なパートナーと、本来の恋愛では必須である筈の、向き合うべき「他者の魂」の不在の関係を築くということに他なりません。

そんな精神的なマスターベーションを幾ら繰り返しても、それは本物の恋愛にはなり得ませんから、恋愛には必ず相手が必要で、自分以外に自分を受け入れてくれるかもしれない存在がいなければ成立はしません。
拒否されるのは絶対に嫌、そんな屈辱的な対応には耐えられない、でも他者からの受容という関係は欲しい、なので、自分の分身を自らの相手と成し、自分の全てを受け入れてもらう……では、あまりに安易、というか不毛。

そんな孤独な恋愛モドキを、嬉々として謳歌している彼らにとっては、余計なお世話と罵られるでしょうが、若年層のコミュニケーション能力の低下、セックスに忌避感を持つタイプの増大、現在の危機的な経済状況とも相まって、至極、真面目で深刻に、この国の人口減少と高齢化を憂いてしまう、今日、この頃ではあります。
でも、もしも、今、好みのタイプの人工妖精が眼前に現れたら、自分だって、きっと、嬉々としてその手をとってしまうだろうし、それ程までに、人は自分を無条件に受け入れてくれる存在に弱いということで、あまり偉そうなことは言わない方が良いのかもしれませんね?

勝山海百合『玉工乙女』 墨に五彩あり

水墨画のように、淡々と描かれるシノワズリな風景、その黒と白だけの線の中に含まれる、豊かな色と艶。
纏足や、玉の印璽、黒檀や紫壇の家具、線香の煙、花売の購う蓮の花、全てが乳白色の霧の中の、果てしないランドスケープ、天女や仙人が、市井の人々の中に何喰わぬ顔で紛れて暮している世界では、普通の人間達もどこか浮世離れしていて、直ぐにでも仙郷に行ってしまいそうな風情、むしろ、人の世とその向こう側の境が曖昧で、地続きとさえ思えてならない。
この世界の続きが、是非、また読みたいと思わせる作品だと思います。

荒川弘『鋼の錬金術師』 少年よ異郷を目指せ

かなり長期に渡って描かれた作品なので、様々な伏線や、暗示、ヒントを散りばめつつストーリーは進む、その中で働く上では性別に関係なく有能な者がいて、その上で、男女別なくお互いに足りない部分を補足し合って、どの様な場所に居て、どんな立ち位置になっても、自分に出来る事を成す、という姿勢を保ち続けて、年齢、性別、才能や貧富を問わず、人と人が支え合い、事を成していくという矜持を持った人々の話は、最終回も、まさに、こういう大団円になるだろうという予想通りで、読後感は、とても爽やかだった、ファンタジーでありながら、世界観のしっかりと確立された、ごまかしのないこ世界の未来は明るい。

そして、余談ながら、作者が女性で、しかもこの作品の執筆中に、2回のご出産をなされたという話を聴き、何とパワフルで素晴らしいと、心から感嘆をした次第です。

須賀しのぶ『神の棘I』『神の棘II』 茨の冠を被ったのは誰?

ナチスの影響下で、重苦しく生きる、昔は幼馴染のの二人の男、一人は軍人に、そしてもう一人は神の僕へと、二人の道は分かたれた様に思えたが……。

宗教と戦争の対立、それが人が背負う時、どうしようもない矛盾で押し潰される、戦いは数多の人々の人生を狂わせ、歪ませ、失わせる。

ヴィスコンティ監督の「地獄に墜ちた勇者ども」の大ファンとして、暗く重く退廃の色濃い、あの時代の雰囲気に浸りながら読ませていただきました。

最終選考委員の講評

2010年度 第10回Sense of Gender賞 最終選考委員の講評

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