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2003年度 第3回Sense of Gender賞 講評

野田令子(理学博士)

 私は、『大人は判ってくれない』を推します。

 この評論は、エヴァンゲリオン論や富樫論として、彼の作品について論じた部分もさることながら、特にやおい論について確たる立脚点を与えたことについて評価されるべきである。

 かつて出版されたやおい評論では、突飛なケース(往々にして筆者自身)をやおい好き少女全般に敷衍して語るものが多かった。そしてそれ故にやおいを語るための立脚点になるべき論というものが存在しない、という時間が長かった。これほど「やおい」的なものが世の中に蔓延し、あるいはボーイズラブ作品がベストセラーとなっている現在に於いてさえ、やおいを嗜好する少女達について明確に述べた資料というものは余りに数少ない。

 『大人は判ってくれない』に収められたやおい論『「やおい」とは何か』は簡潔にではあるが、やおいの歴史とやおいを好む心理的背景を見事に喝破して論じている。簡潔すぎる嫌いもあろうかと思われるが、この程度の議論さえなされてはこなかったやおいについて、これ以上深く語ったとしても所謂やおい少女以外には理解し得ない文章になりかねないであろうから、丁度よい分量であると私は考える。

 (大変卑近な話で申し訳ないが、私自身もやおいを嗜好している。だが、それが何故であるのか、実は自分自身でも把握しきれていない。個人的にはやおいを好きなことは、悲鳴を上げていることと密接に関わっているため、その理由を知りたいと思い、やおい関連の書籍を読んできた。が、あまりにも酷い内容のものが多く、例えばウェブ上で述べられていた百人百様のやおい観を集めてゆくことでしか真実に迫る方法はないのかもと諦めかけていた)

 無論、これでやおいに関する論が尽きたはずはなく、この論に基づいた更なる議論がなされねばならないと個人的には思う。そのための礎石を築いたやおい論、ひいては少女達のためのサブカルチャー論へと敷衍しうるものとして、『大人は判ってくれない』に一票を投じます。

 『水晶内制度』はまさにSoG賞を摂るべき作品であると思う。男女をひっくり返した設定は時折見かけるが、このウラミズモほど「きったない」国はあるまいと思う。その意図的なきったなさが生き生きと描写されている様は、まさにジェンダー観を揺るがすに値する。また登場人物(登場女)たちがよい。いい意味でも悪い意味でも既成の女性から逸脱しているのである。そのためのウラミズモという設定であろうが、生き生きときったなく生きている姿には打ちのめされる。

 『大人は判ってくれない』がなければ是非とも推したかった作品です。

 『マルドゥック・スクランブル』ではヒトであることそのものの根幹がSFならではの手法で描写されており、肌で感じられた。変容してゆくヒトと変容してゆく関係、その揺らぎを感じることが出来たのは、SF読みとして幸せなことであった。

 バロットもさることながら生体兵器であるウフコックというキャラクターもまた、社会的な立場というものを考えさせられるものであり、スタイリッシュな文章と男性受けするであろう設定とあいまって、広く「センスオブジェンダー」な感覚を広めてくれるのではないかと期待している。

 『ヴァルキュリアの機甲I~IV』は面白く読めたし、少女達の成長と恋の普通さと、それに対比する扱われ方(ただ巨大だというだけで)は興味深かった。だが性愛を描くくだりが唐突であったことと、重大事由であったはずの彼女達の恋が、YAという媒体を考えれば仕方がないことかもしれないが皮相的であることが評価できなかった。

 また『サウンドトラック』には個人的にジェンダー観が揺さぶられると感じることが出来なかった。

最終選考委員の講評

2003年度 第3回Sense of Gender賞 最終選考委員の講評

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