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2002年度 第2回Sense of Gender賞講評

小谷真理(SF&ファンタジー評論家)

小林めぐみ『宇宙生命図鑑』

 ジェンダーSF研の読書会で取り上げられた作品です。

 すでに男性学者によって調査された惑星の記録を、女性学者の卵が読み直し、そこに存在する性差の謎を解明するために、当地へおもむく、というストーリー。いっけん、女ばかりの単性生殖種と思われた惑星種族が、突如分化し始める……というわけで、それを観察する女性学者、牧師、AIの視点と、先に描かれた図鑑の視点、エイリアンたちの視点など、複数のパースペクティヴからこの不思議な惑星種族の性差が吟味されていくという物語。70年代以降の女性SFの流れを彷彿とさせる展開がとてもスリリングで、わたし自身は、あまり紹介の進んでいない海外の女性SF作品を読んでいるような、奇妙な錯覚に陥りました。生物学的な考察をふんだんに取り入れ、現代の学者世界の問題点も組み込んだ展開は、男性的価値観の蔓延する現在では理解されにくい部分も多いとは思いますが、たいへんに意欲的な作品で、日本では類を見ない個性を高く評価したいと考えます。

小林泰三『海を見る人』(早川書房)

 昨年に引き続いてハードSF&ハードコアSFのスペキュレイションとは、まじめにつきつめると、実は性差の壁をも突き破ってしまうのだ、というハードSFの可能性を示した点で、画期的でした。もちろん、こうした特徴は、著者の意図するところではなく、無意識的におこなわれるものなのでしょう。昨年の『ΑΩ』では、電磁生物の奇妙な性差があまりにも斬新で、しかもそれが地球人に憑依して地球人の性差システムを粉砕していくように見えた点で、すごいことやってるなぁと驚いたのですが、本書 に収録されている『母と子と渦を旋る冒険』では、マザコン的世界観を宇宙生命体の 生態学に飲み込んでしまうような描写がすさまじく、どっちがどっちの隠喩かわから なくなっている点もエキサイティングでした。それにしても、どろどろした密室的な 閉塞感ただよう母子関係を、こういう宇宙描写に投影されると、なんかすご~く冷静 になれるような気がしますね。

佐藤哲也『妻の帝国』(早川書房)

 これは、五作品の中では、いちばんおそるべきものでしょう。性差構造を直視し実に情け容赦ないやりかたで鋭角的にえぐりとっているからです。
これ、男女が逆転していたら、どういうストーリーになるのかな、と考えながら読み込むと非常におもしろかった。たとえば、帝国独裁者の妻がこれを書いたとした ら? ……仕事や帝国や愛人といった男の領域からみれば、妻や女の存在などとるに たりないこととされているし、妻とか女の権利など最初から不可視な存在で問題にされてないために、「個人名の、あるいはだれかさんの帝国」についての作品は、「ふ~ん、また人類の愚行の物語か」と、通常の批判を加える作品と混同されながら称えられるかもしれません。
しかし、この物語では、あくまでだいそれた、しかし歴史的に見れば「凡庸な革命」をやってしまうのは、女性/妻のほうなのですね。しかも、彼女、内向的でひかえめ で、いわゆる良妻賢母的な妻なのです。

 でこの話を一番スリリングにしていて、かつ一番直視したくない部分は、もちろん、 妻のやったことが夫のすべての権利に肉薄しつつも、それがちっとも夫のアイデンティ ティを脅かさない、というところです。しかも、このアイデンティティは、異性愛の 夫婦の情愛と深く結びついています。 家庭内にいても、男は男だというだけで、あらゆる権利を保障され、社会的にも心 理的にも余裕がある。妻への愛情は従属的なものではなく、あくまで対等以上という 自信にみちあふれている。妻は独裁者になったけれども、結局腐敗政治に翻弄されて ぼろぼろになり、愛人の子供を連れて夫の元にかえってくる。そう。妻の帝国といっ ても、夫の目から見れば、その革命の実体は針原という男とのコラボレーションとし て描かれてしまうのです。だいそれたことをしているのに、基本はそのへんの凡庸な 妻。その妻に対して、夫のスタンスはぜんぜん変わらず、すべて達観しているように 見えるんです。

 これが通常の独裁者と個人の物語であったなら、独裁者への抵抗としての個人の強 さの現れになるのでしょうが、この物語では独裁者/妻への抵抗としての男/夫の強さ の現れとも重ねられてしまう。ただし、その強さの正体が、異性愛を基本とした夫婦 の情愛を根底にもつ関係から紡ぎ出されているように見えること、そしてその強さが、 妻の帝国的意志力をもっても破壊できず、ますます強固になってしまうというまさに おそるべき状況が突き止められること、それどころか優しい夫婦愛にすら見えてしま うということ(p.308)。こんなふうに、本書は、近代市民の基本的人権の、基本の基 本にがっちりと内在する性差の(恐怖の)構造を非常に明確に、かなり自覚的に暴き出 していると言え、現代のフェミニズム浸透の水面下で起こっているコンテクストと絡 めて、ずいぶん考えさえられました。

西澤保彦『両性具有迷宮』(双葉社)

 バイセクシュアルの楽しさを追求していくとどうなるかという明るく楽しいニンフォ マニアックなエロSFなのかと思って読んでいたら、その仮面の下に、トランスセクシュ アルの女性をめぐる残酷な殺人事件が隠されていたという、ちょっとどきっとするよ うなミステリ。性的な描写に「たつぞ~」と奮いたっていると、いきなりぞっとする ような(まさに萎えるような)冷水を浴びせられる。たつにたたない読書体験で、ちょ びっと悲しかったDeath。そう。映画『ボーイズ・ドント・クライ』を思い出したせ いがあるかもしれません。

 両性具有のなかにあるバイセクシュアルな部分とペニスを持った「女性」(この両 性具有が、女性器のある男性などではない点がミソ)という特徴と両特質との関連性 が、ペニス妄想力という殺人事件の動機を通して再吟味されるという経緯は、非常に おもしろかったのですが、もうすこし犯人の心理内部の話が読みたかった。この話に は、直接書かれていないもっと残酷な部分があったのではないかという手応えがありました。

牧野修『傀儡后』(早川書房)

 えー。すでにSFマガジンに掲載されたエッセイ「パンツから重力まで」で力説したとおり、たいへんな傑作です。

 というわけで、今年は、読み応えのある作品ばかりで、非常によろこばしい、しかし、なやましい気持ちでおります。どれをとっても遜色がないので、いっそ全員にあげたらどうかとも思いましたが、改めてジェイムズ・テイプトリー・ジュニア賞の選評などを読み直しつつ、全部傑作ならば基本にもどって正統派として小林めぐみ『宇宙生命図鑑』がいいのではないかと思いました。ただし、今年のほかの作品では、逆転する性差状況から、逆説的に性差構造を暴き出していくという主題が多かったのも事実で、この線も捨てがたい。ならば、一番残酷なやり方で、わたしを打ちのめしてくれた佐藤哲也『妻の帝国』はどうかと考え、結局この二作品を推すことにします。

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